artscapeレビュー
2019年11月15日号のレビュー/プレビュー
金峯神社、沢田マンション
高知で2つのセルフビルド建築を訪れた。ひとつは高知工科大学で教鞭をとる建築家の渡辺菊眞さんの分割造替・金峯神社、もうひとつは有名な沢田マンションである。
前者は地方の過疎化と高齢化する山間地において長い間、補修する費用がなく、ほとんど崩れかけていた神社を復活させるプロジェクトだ。興味深いのは、「分割造替」と命名したように、その際、拝殿と本殿に分割し、前者を地域住民が集まりやすい低い場所に移動させ、おかげで途絶えていた祭りが再開されたことである。一方、後者は江戸時代にさかのぼる小さい本殿だけを残し、老朽化していた覆屋は解体し、もとの敷地の隣に再建した。
そして驚くべきなのは、いずれも単管やポリカーボネートなどを用いた超ローコストのセルフビルドであること。したがって、見たことがない造形であり、簡素なデザインだ。一般的に寺院は建築家による新しいデザインが登場しやすいが、保守的な神社ではそれが難しい。だがここは、厳しい状況ゆえにラディカルな新しい神社モデルが成立した。もっとも、日本各地の限界集落の神社では、おそらく似たような状況を迎えているはずである。
念願の沢田マンションは、大きなショッピングセンターの近くにたつ。これは1971年から夫婦がセルフビルドで建設した5階建て集合住宅である(本来はもっと高い階数をめざしていたらしいが)。よくここまで許されたと思う凄まじいプロジェクトであり、世知辛くなってしまった現代日本ではもうできないだろう。
興味深いのは、シュヴァルの理想宮のように、この手の建築は装飾的になりがちだが、沢田マンションはそれがなく(住人が後から加えたと思われる装飾はあるが)、基本的にはコンクリートのヴォリュームが強調されたモダニズム系の造形だ。もっとも、合理的なプランというよりも、コンクリートの迷宮のような空間体験を味わう。また広い通路(植栽などが置かれ、コミュニティ・スペースになっている)、両サイドを貫通するヴォイド、多様な間取りなど、いかにも現代の建築家がやりそうなデザインも散見されて興味深い。
2019/10/30(水)(五十嵐太郎)
辰野金吾と美術のはなし 没後100年特別小企画展
会期:2019/11/02~2019/11/24
東京ステーションギャラリー[東京都]
辰野金吾は「建築家になったからには、日本銀行本店と中央停車場(東京駅)と帝国議会議事堂(国会議事堂)を設計したい」と語っていたそうだ。藤森照信による、そんなエピソードから本展は始まる。結構な野心家だったんだなという印象を抱くが、実際のところ、そうでなければ壮大な夢を叶えられなかったに違いない。おそらく野心があったおかげで人一倍勉学に励み、工部大学校(現・東京大学工学部)を首席で卒業し、英国へ官費留学ができた。帰国後は恩師ジョサイア・コンドルの後を継いで同校の教授となり、その後、自身の事務所を立ち上げて本格的に建築設計の道を歩んでいく。そして日本銀行本店と中央停車場を設計する夢は叶えた。帝国議会議事堂の設計については、自ら設計競技を提案し審査に携わる途中で、スペイン風邪に罹り逝去してしまう。残るひとつは夢半ばであったが、最期まで野心を燃やし続けた人なのだ。
辰野が没して100年を迎えた今年、彼が設計した日本銀行本店本館(日本銀行金融研究所貨幣博物館)、旧・日本銀行京都支店(京都文化博物館)、そして東京駅丸の内駅舎(東京ステーションギャラリー)の3館でそれぞれに企画展が開催された。東京ステーションギャラリーでは、学生時代に出会った洋画家、松岡壽との交友関係を軸に美術との関わりを紹介しつつ、中央停車場の貴重な図面を展示している。当初、ドイツ人鉄道技師のフランツ・バルツァーが瓦屋根を冠した複数棟から成る和洋折衷の中央停車場設計案を出すが、それを辰野が引き取り、華やかなヴィクトリアン様式に変えたといったエピソードも紹介される。脱亜入欧が国是であった明治時代、産業革命以後の英国の都市景観から生まれたこの様式を採用することは必至だったのだろう。青図(青焼き)の平面図や立面図、断面図などがいくつも展示されていて、それらを眺めると待合室の多さに驚くが、それが当時の駅に求められた機能だったことがわかってくる。日本の近代建築の第一世代が辿った足跡に触れられる展覧会である。
公式サイト:http://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/201911_tatsuno.html
2019/11/02(杉江あこ)
日本のアートディレクション展 2019
会期:2019/10/23~2019/11/16
ギンザ・グラフィック・ギャラリー(ggg)/クリエイションギャラリーG8[東京都]
ADC(東京アートディレクターズクラブ)の年次公募展「日本のアートディレクション展」が今年度も開催された。ギンザ・グラフィック・ギャラリーとクリエイションギャラリーG8の2館で同時開催され、前者では会員作品のADCグランプリ、ADC会員賞、原弘賞をはじめ数々のノミネート作品の展示が、後者では一般作品のADC賞10点の展示が行なわれた。類似のJAGDA賞ではグラフィックデザインが中心であるのに対し、ADC賞はコマーシャルフィルムや環境空間なども含めた広告全般を対象にしている点が特徴だ。今年度、ADC賞に選ばれたひとつ、三井住友カード「企業広告」コマーシャルフィルムは、「電子マネー元年」と言われる現代の世相を象徴する内容だった。どこの国なのかわからない荒野に立つ青年が、旅人に出会い、「お金とは何か」という概念的な問いを突きつけられる。登場する役者は日本人なのに、まるで西部劇かロードムービーのワンシーンでも観ているような気分になる。こうした優れたコマーシャルフィルムがあることに、日本の広告業界もまだ捨てたものではないと思わされた。
ADC賞10点のうち3点も受賞したアートディレクターの三澤遥にも注目した。そのうち1点は自身の個展の環境空間であるが、2点はいずれも情緒的な手法を取りながら社会の問題解決に挑んでいたからだ。岡村印刷工業「興福寺中金堂落慶法要散華 まわり花」のジェネラルグラフィックは、紙の折りの構造を工夫することで、散華として空中に撒いたときに一輪の花のように映るようにした作品だ。人の目の残像を利用して、平面から立体への展開を可能にした。またLinne「LINNÉ LENS」のスマートフォンアプリは、スマホをかざすだけで1万種類もの生き物の名前を瞬時にサーチするAI図鑑である。生物多様性の問題を考えるきっかけを与えるという点で、やはり現代の世相を象徴する内容だ。
ADCグランプリを受賞したのは、アートディレクターの井上嗣也が手がけたCOMME des GARÇONS「SEIGEN ONO」のポスター、ジェネラルグラフィックである。これは約30年前のコム・デ・ギャルソンのファッションショーで使用された、ランウェイミュージックのオムニバスアルバムの復刻版である。凛とした黒い鳥を正面や側面から切り取った、写真の力を最大限に生かしたアートワークだ。コム・デ・ギャルソンといい、オノ・セイゲンといい、個性の強いクリエイターたちの作品であるにもかかわらず、それらに引けを取らず、と言って殺さず、絶妙なバランスでまとめている点が印象的だった。またADC会員たちによる審査風景を記録した短い映像が会場で紹介されていた点も良かった。身内による身内作品の審査ではあるが、審査の透明性や公平性を多少証明できたのではないか。
公式サイト:
http://www.dnp.co.jp/CGI/gallery/schedule/detail.cgi?l=1&t=1&seq=00000741
http://rcc.recruit.co.jp/g8/?p=23149
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2019/11/02(土)(杉江あこ)
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2019/11/15(artscape編集部)