artscapeレビュー
2021年04月01日号のレビュー/プレビュー
第24回岡本太郎現代芸術賞(TARO賞)
会期:2021/02/20~2021/04/11
川崎市岡本太郎美術館[神奈川県]
数ある美術コンペのなかでも、もっとも異才を発掘する確率が高いのがこの太郎賞だろう。今年も強力な才能が発掘された。 岡本太郎賞に輝いた大西茅布だ。彼女は規定の5×5メートルの壁いっぱいに、ざっと数えて50点ほどの油絵をびっしりと並べ(100号以上の大作が7点もある)、それじゃ足りないとばかりに手前に大きなイーゼルを2本立て、10点以上を追加している。その量もさることながら、エル・グレコと横尾忠則を足して2で割ったような仰々しい色彩と筆致で、飢餓、環境汚染、人種問題などを告発しているのだ。そしていちばん驚いたのは、彼女が17歳の高校生ということ。まだ拙なさは残るものの、17歳にしてすでにマニエリスティックな自分のスタイルを確立しているのだ。近年の太郎賞は、規定のスペースを作品でいっぱいに埋め尽くすインスタレーションが受賞する傾向にあるが、今年は21世紀生まれの高校生がバトンを継承したってわけ。この先どう成長するか、どこで転ぶかわからないけれど、どっちにしろ楽しみな逸材だ。
今回はこの高校生の圧勝で、あとはいささか影が薄い。岡本敏子賞のモリソン小林はブース内にツタのような植物を根も含めて這わせ、一部を標本のようにケースに入れている。それぞれの根は壁や床を伝ってリゾーム状につながり、現代のネットワーク社会を象徴するかのようにも見える。特筆すべきは、これらの植物がすべて金属製であることだ。その意外性に一瞬たじろぐが、だからといって作品のインパクトが増すわけでもない。もう1人あげれば、特別賞の小野環。画集や百科事典を切り抜いて昭和風の公団住宅を組み立てたり、鎌倉の旧近代美術館を再現したり、ちっちゃな本や本棚をつくったりしている。ネットに押されて危機に瀕する紙メディアを切り貼りして、もはやノスタルジーさえ感じさせる建物や本に再編させているのだ。つくりが繊細なため、こういうハデさを競い合うようなコンペでは目立たないが、個展などでぜひじっくりと見てみたい作品ではある。
2021/03/02(火)(村田真)
亀山亮「メキシコ・日常の暴力と死」
会期:2021/02/18~2021/03/14
スタジオ35分[東京都]
亀山亮は20歳の時に「土方で稼いだ1万ドルとフイルム二百本を大きなザックに入れて」、しばらく日本に帰らないという覚悟でメキシコに旅立った。メキシコはフォト・ジャーナリストとしての亀山の原点となる場所となり、「第2の故郷」という思いを抱き続けてきたのだという。その彼が、久しぶりにメキシコを再訪したのは2017年で、冤罪で刑務所に入っていた友人のジャーナリストが、6年ぶりに出所してくると聞いたからだった。
メキシコでは麻薬カルテル同士の抗争が激化し、政治を巻き込んで暴力と死が日常茶飯事になっていた。今回の東京・新井薬師前のスタジオ35分での個展には、独自のルートを辿ってカルテルのメンバーとコンタクトをとって撮影した、腰の据わったルポルタージュが並んでいた。亀山の黒白写真のプリントを見ると、被写体となる現実に向き合う姿勢が真っ直ぐで、揺るぎないものであることがわかる。非常事態が日常化した状況において、これだけの透徹した眼差しを保ち続けるのは大変なことだ。むしろ、やや距離を置いて撮影したさりげない光景に凄みを感じる。
いい仕事だと思うのだが、フォト・ジャーナリズムの現場を考えると、このような写真をどう発表していくのかということについてはやや暗い気持ちになる。雑誌メディアがほぼ壊滅状態という状況で、写真展や写真集の可能性を探るということになるが、それも心許ない。亀山は展覧会に寄せたコメントに「メキシコでの低強度の戦争は今の経済システムが破綻して欲望のドグマが大爆発した結果でそれは翻って、日本に住んでいる自分たちにも深くつながっている問題だと感じる」と書いている。まったくその通りだが、メキシコの「日常の暴力と死」と「日本に住んでいる自分たち」の状況とを、どのように接続していくのかという問題の答えが用意されているようには見えなかった。
亀山は2014年に、いま住んでいる八丈島を撮影した写真集『DAY OF STORM』(SLANT)を刊行している。たとえば、八丈島とメキシコを結ぶ回路を設定することはできないのだろうか。
2021/03/04(木)(飯沢耕太郎)
澤田知子「狐の嫁いり」
会期:2021/03/02~2021/05/09
東京都写真美術館2階展示室[東京都]
いいタイトルだと思う。「狐の嫁いり」は、本当にあったのかどうかよくわからない奇妙な怪異現象だが、澤田知子の写真作品にもそんなところがある。そこにはたしかに、ファニー・フェイスの女性の顔がずらっと並んでいるのだが、彼女は一体何者なのか、なぜこんなふうに写っているのかと考えだすと、何だかたぶらかされているような気がしてくる。というのは、そこに写っている彼女は、まさに仮面を取っ替え引っ替えしているように千変万化で、どれが本当の顔なのかはよくわからないからだ。すべてが「澤田知子」であるとともに、どれもが「澤田知子」ではないような気もしてくる。今回、東京都写真美術館で開催された「初公開の初めてのセルフポートレートから証明写真で撮影したID400のオリジナルプリント、最新作のReflectionまで複数のシリーズを〈狐の嫁いり〉という新作として構成した」展覧会を見て、まさに狐に化かされているように感じる人も多いだろう。
それにしても1990年代に、まだ成安造形大学写真クラスの学生だった澤田のセルフポートレート作品を初めて見たときには、彼女がここまでやり続けるとはとても思えなかった。卓抜な発想と粘り強い思考力を合体させて、写真を通じて「私とは何か?」を問い続ける行為は、年ごとに厚みを増し、思いがけない方向に枝分かれし、圧倒的な質と量を備えるようになった。デビュー当時から作品を見続けている一人として、感慨深いものがある。澤田の作品にはナルシシズムのかけらもない。かといって、自傷行為のような痛々しさも感じない。「私」を素材として客観的に見つめつつ、取り替え不可能な存在としてリスペクトし、他者=世界に惜しみなく開いていこうという姿勢が徹底しているからだろう。これから先も(永遠にとは言わないが)、チャーミングでスペクタクルな「狐の嫁いり」を見せ続けてくれるのではないだろうか。
2021/03/05(金)(飯沢耕太郎)
百瀬文『鍼を打つ』
会期:2021/03/06~2021/03/10
SHIBAURA HOUSE 5F[東京都]
「喉の奥に痛みがある」「頭痛がある」「ため息が多い」「頭の中が雲で覆われているような気分になることがある」「平熱が37.0°C以上である」。問診票の言葉を読む私は一行ごとに「さてどうだろうか」と自分自身の状態を省みる。即答できる項目もあればしばしの検討を要するものもあり、あるいはときにそんなことは考えたこともなかったという予想外の問いが含まれていたりもする。それらは普段は意識していない「自分」の姿を浮かび上がらせる。
百瀬文『鍼を打つ』のメインビジュアルとして使用されていたイラストには、水に浮かんだ裸体のあちこちにピンが刺さっている様子が描かれていた。それはもちろん鍼の施術を思わせるものではあるのだが、水面からのぞく体の部分は同時に海に浮かぶ島のようでもあり、イラストの全体が地図のようにも見えてくる。小さな赤い球体を頭につけたピンは地図上の一点を指し示す印だ。だとすれば鍼の施術は、問診票によって把握された「状態」を人体へとマッピングしていく作業だということになるだろう。問診票の言葉は私の体の任意の点へと変換され(実際には単純な一対一の対応ではないのだろうが)、鍼によってそこには印が刻まれていく。
『鍼を打つ』ではまず、6枚の問診票に回答するように言われる。冒頭に記したのはその最初の五つだ。「問い」の多くは体調や生活習慣に関する一般的なものだが、なかには「よく黒い服を好んで着る」「他人に迷惑をかけてはならないと強く思う」など、鍼治療にどのように関わるのかよくわからない問いも含まれている。「過去と未来を行き来している」「時間をかけてようやく思い出す」などに至っては意味も判然としないが、いずれにせよ私は当てはまるものにチェックマークをつけていく。
ひと通り回答を終えると施術台に置かれたイヤフォンを装着し、鍼師が来るのを待つ。しばらくするとイヤフォンから声が聞こえてくる。それは先ほど私が記入した問診票の言葉だ。しかし語られる順序は問診票のそれとは違っている。「心臓がドキドキすることがある」「風邪をひきやすい」「咳が止まらなくなることがある」。やがて鍼師がやってきて、横たわるよう促され施術が始まる。声はときに沈黙を挟みながら、施術が終わるまで淡々と続く。
問診票では一行ずつ独立していた言葉たちは、異なる順序で語られることでときに物語のようなものを浮かび上がらせる。「視界がぼやける」「かつて海にいたことがある」「耳がつまり、くぐもって聞こえることがある」「ものの輪郭より、色のかたまりがまず先に見える」「国境はなくてもいいと思う」あたりは海中の世界を思わせるし、「地図がないと道がわからない」「点と点のあいだに線を結びたがる」「大地が揺れているように感じる」「歯がぐらぐらする」という言葉の連なりは地図を媒介に大地と私の身体の感覚とを直結させる。
しかしそのような連想はあくまで事後的に生じたものに過ぎない。声に耳を傾けているその瞬間ごとの私にできるのは、「問い」の一つひとつに改めて向き合うことだけだ。私はすでに、いくつかの「問い」に対してどのように答えたかを忘れてしまっていることに気づく。答えた記憶さえない「問い」もある。私は声が語り直す問診票の言葉に導かれ、すでに失われてしまった少し前の私を探しているような気分になる。
鍼を初めて体験する私はひどく緊張していて、施術箇所に意識を集中するあまり、気づけばしばしば声の語る言葉を聞き逃している。その都度、意識を声へと向け直すのだが、すると今度は体への意識が疎かになり、いつしか施術箇所は移っている。『鍼を打つ』はそのような、声への意識と体への意識の綱引きの体験として私には感覚された。
ところで、問診票の言葉は厳密には「問い」ではない。誰かによって用意されたその言葉は疑問文ではなく、断定のかたちで書かれていた。問診票はその形式によってそこに記された平叙文に「問い」としての機能を付与する。だが、声によって語られる言葉をそのまま受け取るならば、主語こそ欠落してはいるもののむしろそれゆえに、それは声自身についての言明として解釈されるはずだ。「他人が何を考えているのかわからないことが多い」「青あざができやすい」「特定の職業に対する偏見がある」。自問自答を引き起こす私への問診は、一方で見知らぬ誰かと同調するポイントを探る作業でもある。
誰かによって用意された問診票の言葉は私のすべてを把握するにはまったく十分ではなく、そうして捉えられる私の姿は夜空の星を結ぶことで浮かび上がる星座程度の解像度しかない。だが一方で、それはたしかに私には見えていなかった私自身の一端を示してもいるのだ。「他者がいなければ自分のかたちを決められない」。「上から自分を見下ろしているような気分だ」。声は最後に私を突き放す。「時間をかけてようやく思い出す」。「これは自分の体ではない」。
『鍼を打つ』:https://theatercommons.tokyo/program/aya_momose/
百瀬文:http://ayamomose.com/
関連レビュー
百瀬文「I.C.A.N.S.E.E.Y.O.U.」|山﨑健太:artscapeレビュー(2020年02月01日号)
2021/03/06(土)(山﨑健太)
カタログ&ブックス | 2021年4月1日号[テーマ:夫妻]
テーマに沿って、アートやデザインにまつわる書籍の購買冊数ランキングをartscape編集部が紹介します。今回のテーマは、東京・世田谷美術館で開催中のアアルト夫妻とその建築に関する展覧会「アイノとアルヴァ 二人のアアルト フィンランド─建築・デザインの神話」にちなみ「夫妻」。「芸術・アート」ジャンルのなかでこのキーワードに関連する、書籍の購買冊数ランキングトップ10をお楽しみください。
「夫妻」関連書籍 購買冊数トップ10
1位:愛の手紙 作曲家・古関裕而と妻・金子の物語
明治末期に福島市で誕生した古関裕而は、5000曲以上の曲を世に送り出した、昭和を代表する作曲家だった。
2020年度前期放送のNHK連続テレビ小説『エール』のモデルとなった古関夫妻の足取りを追うことで、ドラマを観ながら、大正から昭和への時代背景も楽しむことができます。巻頭には連続テレビ小説の内容解説と、主役である窪田正孝さんとヒロイン・二階堂ふみさんの最新インタビューを掲載。古関裕而の偉業を支えたのは、文通によって心を通わせ、後に妻となった金子の存在だった。結婚前の恋文と当時ならではの心温まるやりとり、大正時代のエピソード、作曲家見習い時代、戦争を乗り越え、「平和の祭典」である1964年の東京オリンピックのために「オリンピック・マーチ」を作曲するまでのストーリーがページ内に。聴き覚えのあるメロディや、怪獣映画『モスラ』での主題歌、美空ひばりや島倉千代子など日本コロムビアの人気歌手と古関メロディの秘話、『紺碧の空』他スポーツ応援歌のこぼれ話も交えて。夫婦の軌跡を多彩な図版を添えてご紹介。
古関夫妻が子ども時代を過ごした大正時代や、新婚時代を過ごした昭和初期の文化などについてもわかりやすく解説。古関裕而の故郷・福島市のガイドと金子の故郷・豊橋市のガイドも。大正昭和の歴史好きも朝ドラファンも必携の一冊がここに!
2位:猪熊弦一郎のおもちゃ箱 やさしい線
日本を代表する洋画家の初の物語作品集。
パリでマティスに師事し、藤田嗣治には「ちゃん」づけで呼ばれる仲だった猪熊さんは、イームズ夫妻やイサム・ノグチなど、多くの人から愛されました。自由な絵を描く、自由な人でした。道端で拾ったゴミも、お菓子の包み紙も、猪熊さんの手にかかれば美しいオブジェになりました。常に二人三脚だった妻の文子さんをモデルに、たくさんの絵を描きました。描く対象はいつでも「自分の愛するもの」で、90歳で亡くなるまでロックを聴きながら、明るく明るく生きました。三越の包装紙を見たことはありますか? あの「華ひらく」は、いのくまさんと「アンパンマン」の作者、やなせたかし氏のコラボレーションによるものです。
本書は、物語とともに時代を追って紹介する数々の楽しい作品や、世界中で集めたビンや小物などのセンスあふれるコレクション、ガラクタを集めてつくった不思議なオブジェたちに大好きだったモチーフの猫や鳥のスケッチブックなど、見ているだけで明るい気持ちになる作品と、心温まる物語が詰まった一冊です。さらに、84年に刊行し、長らく復刊が求められていた『画家のおもちゃ箱』も特別再収録しています!
3位:すぐわかる正倉院の美術 見方と歴史 改訂版
天平文化の粋を伝える聖武天皇夫妻遺愛の品々を中心に、東大寺の儀式用品や文書、武具など約9000件の宝物を収めた正倉院について、代表的宝物の見どころと特質、その歴史を簡潔にまとめた決定版ガイドの新装増補。
4位:星野道夫と見た風景(とんぼの本)
クマを憎んではいません──。星野道夫がヒグマの事故で急逝して8年。直子夫人が夫妻で過ごした5年半を初めて追想する。撮影同行時の作品を中心に名カット110余点を掲載。写真家、夫、そして父として生きた星野が今、蘇る。
5位:古伊万里入門 佐賀県立九州陶磁文化館コレクション 珠玉の名陶を訪ねて─初期から爛熟期まで Koimari: An Elegant Porcelain
伊万里焼の草創期、爛熟期、後期までを年代順に通観し、古伊万里の特徴と様式の変化を紹介する。佐賀県立九州陶磁文化館所蔵品の中から柴田夫妻コレクションを含む300余点を解説とともに掲載し、その魅力を探る。
6位:《原爆の図》のある美術館 丸木位里、丸木俊の世界を伝える(岩波ブックレット)
原発と原爆を一体のものとして批判していた丸木位里・丸木俊夫妻の共同制作〈原爆の図〉はいかに描かれたのか。2人の生い立ちと遍歴、美術史的にも再評価が進む〈原爆の図〉について、丸木美術館の学芸員が語る。
7位:モーツァルト演奏法と解釈 新版
ウィーンの伝統を受け継ぐ巨匠バドゥーラ=スコダ夫妻が、モーツァルト作品の演奏法と解釈を、長年の研究をもとにまとめる。装飾音や強弱など、モーツァルト様式の実践的なアドバイスが満載。参考音源はダウンロード可能。
8位:文様別小皿・手塩皿図鑑 佐賀県立九州陶磁文化館柴田夫妻コレクション
佐賀県立九州陶磁文化館柴田夫妻コレクション(国登録有形文化財)より、小皿・手塩皿906点を厳選し、項目ごとに解説・作品データを付す。古伊万里の深い世界を堪能できる一冊。
9位:美の朝焼けを通って シュタイナーの芸術観
シュタイナー夫妻が生み出した舞踏芸術「オイリュトミー」は、なぜ未来の芸術と呼ばれるのか。シュタイナー思想の2人のスペシャリストの対談と往復書簡を収録。オイリュトミーと脳波の関係、意識魂の時代についても解説する。
9位:ゴースト・ハンターズ完全読本 怪異を追う者たち─『事件記者コルチャック』から『死霊館』まで
カール・コルチャック、エド&ロイレン・ウォーレン夫妻という、2大ゴースト・ハンターズの軌跡と活躍を網羅。ほか、おすすめのゴースト・ハンターもののドラマ、ロバート・E・ハワードの未訳小説「同志の刃」も掲載。
9位:西表島・紅露工房シンフォニー 自然共生型暮らし・文化再生の先行モデル
西表島でさまざまな天然素材を使って手紡ぎ手織り、草木染の工房を営む染織家、石垣昭子・金星夫妻の暮らしと仕事をまとめた一冊。その作業の全貌を写真と共に紹介するほか、自然観や生き方についてのインタビューなども収録。
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artscape編集部のランキング解説
世田谷美術館で2021年3月20日から始まった「アイノとアルヴァ 二人のアアルト フィンランド─建築・デザインの神話」展。フィンランドを代表する建築家アルヴァ・アアルト(1898-1976)とその妻のアイノ(1894-1949)が出会い、活動を共にした25年間に焦点を当て、二人のものづくりの軌跡を俯瞰する展覧会です(※展覧会図録はこちら)。
「夫妻」というキーワードで抽出された今回のランキングには、古今東西さまざまな夫妻が登場。彼・彼女らの、芸術における創造的な連帯のあり方や関係性の多様さが浮かび上がってきました。1位に輝いた『愛の手紙 作曲家・古関裕而と妻・金子の物語』をはじめとして、その夫妻が生きた時代特有の空気も時折見えてきます。
注目してみたいのは、佐賀県立九州陶磁文化館に計10,311点にも及ぶ有田磁器のコレクションを寄贈した、柴田夫妻(柴田明彦[1940-2004]・祐子[1944-]両氏)に関係する本が2冊ランクインしているところ(5位、8位)。体系的かつ網羅的に収集されたそのコレクションは学術的にも非常に重要なコレクションとして位置付けられており、佐賀県立九州陶磁文化館には柴田夫妻コレクション専用の展示室も常設されています。柴田夫妻の収集にかける並々ならぬ情熱を入り口に、古伊万里の魅力に触れてみるのもまた一興。
時代を大きく遡って奈良時代、『すぐわかる正倉院の美術 見方と歴史 改訂版』(3位)においてゆかりの品を多数取り上げられている聖武天皇と光明皇后も、ある意味「コレクター夫妻」と呼べるのかもしれません。聖武天皇を亡くした光明皇后が、彼の冥福を祈って愛用の品を収めたのがその始まりとされる正倉院。先述のガイドブックは「螺鈿紫檀五絃琵琶(らでんしたんのごげんびわ)」などをはじめとした美麗な美術工芸品の数々をそのディテールまで楽しめる一冊です。
共に制作活動を展開するアーティスト/職人夫妻の姿をテーマにした本もやはり複数ランクイン。『《原爆の図》のある美術館 丸木位里、丸木俊の世界を伝える』(6位)では、共同制作《原爆の図》を「誰でもいつでもここにさえ来れば見ることができるように」と、埼玉県東松山市に原爆の図丸木美術館をオープンさせた画家の丸木位里(1901-95)・俊(1912-2000)夫妻の生涯や、3.11以降改めて注目が集まる《原爆の図》の制作背景や過程について、丸木美術館の学芸員の視点を通して語られます。一方で、西表島で染色織物工房を営む石垣金星(1946-)・昭子(1938-)夫妻の暮らしを追いかけた『西表島・紅露工房シンフォニー 自然共生型暮らし・文化再生の先行モデル』(9位)は、西表島の生き字引きでもある二人の、つくり手としてのサステナブルな姿勢が示唆に富む一冊。
夫妻という単位で仕事を残している上記の人々から共通して感じられるのは、補い合うという行動のナチュラルさ。今回は「夫妻」縛りでランキングを見てみましたが、今後さらに多様な連帯のしかたが広がることも、併せて願いたいところです。
2021/04/01(木)(artscape編集部)