artscapeレビュー

2022年09月01日号のレビュー/プレビュー

大宮区役所、大宮図書館

[埼玉県]

大宮駅からバスで10分ほどの《大宮区役所・大宮図書館》(2019)を見学した。ポストモダンの時代とは違う、とても現代的な日本の公共建築である。すなわち、外部に対してはあまり大げさな形態はなく、シンプルな箱型としてまとめ、コストを抑えて、無駄な税金を使うなという批判からも逃れている。もっとも、ただのハコというわけではなく、地元の製糸業の歴史を踏まえ、繊細な白い絹糸スクリーンがガラスのファサードを覆うことによって、特徴的な表情がつくられている。隈研吾をはじめとして現代建築の重要な手法となったルーバーのバリエーションともいえるだろう。デザインは、久米設計+シーラカンスK&H+大成建設が担当した。



《大宮区役所・大宮図書館》外観



《大宮区役所・大宮図書館》ファサード


一方、内部に入ると、立体的な空間構成が展開し、豊かな経験をもたらす。核となるのは、1階の開放的な室内広場から座席にも使える大階段を経由し、螺旋状に旋回しながら空間が上昇していく動線だろう。これに派生する、隣の氷川参道に面する屋外のテラスも、気持ちが良い。これは区役所と図書館の複合施設だが、完全にフロアを分けず、1〜2階は両方のプログラムが共存することで、相互利用の促進をうながす。最近の図書館では、待ち時間に使ってもらえるよう駅前を敷地とする事例が増えているが、大宮では区役所に寄ったついでに図書館、あるいはその逆の機会が生まれるというわけだ。



《大宮区役所・大宮図書館》図書館エリア



《大宮区役所・大宮図書館》広場から図書館へ



《大宮区役所・大宮図書館》の2階フロアマップ


図書館に行く途中、バスの車窓から、髙島屋のはす向かいに完成したばかりの《大宮門街》(2022)を発見したので、立ち寄る。デパートの跡地において、山下設計が手がけたものだ。大型の再開発ながら、異なるサイズの箱をランダムに組み合わせ、ヴォリュームを崩していくような外観は、やはり現代的である。門街広場、飲食店、コンビニ、スーパーマーケット、各種のクリニック、大小のホール(市民会館)、スタジオ、展示室、銀行、オフィスを含む、官民複合の施設だ。もっとも、共有スペースにもう少し華が欲しい。なお、一応は2022年の春に大宮門街はオープンしているが、筆者は全店舗が開業する前に訪れたので、今後、印象は変わる可能性がある。



《大宮門街》外観



《大宮門街》吹き抜け


2022/07/20(水)(五十嵐太郎)

BRIAN ENO AMBIENT KYOTO

会期:2022/06/03~2022/09/03

京都中央信用金庫旧厚生センター[京都府 ]

ブライアン・イーノといっても50代以下では知らない人も多いだろうが、1970年代にロキシー・ミュージックで人気を博し、ソロ後はデヴィッド・ボウイやトーキング・ヘッズのプロデュースを手がけるかたわら、アンビエント・ミュージック(環境音楽)を開拓してきたアーティスト。80年代からはビデオアートや映像インスタレーションなど、ヴィジュアルアートの分野でも作品を発表している。日本では2006年以来の大規模な個展となる。

会場は築90年の信用金庫の建物で、3つのフロアに音と光のインスタレーションが展開されている。《Face to Face》は男女3人の顔が映し出される映像作品。なにが起きるかしばらく見ているが、なにも起きない。もうしばらく見ていると、ほんの少し顔が変化していることに気づく。さらに見ていると、目が慣れてきたせいか、徐々に顔が変わっていくのがわかる。気がついたら男が女に、老人が若者に、黒人が白人に変わっているのだ。そういえば以前テレビでこういう映像を流して、なにが変わったかを当てるクイズがあったなあ。一緒にしてはいけないけど。

《Light Boxes》は同様のコンセプトで、3点の正方形のライトボックスが並び、それぞれの表面は2、3色に分割されている。これもじーっと見ているとわずかながら色合いが変化していくのがわかる。LED技術を駆使した作品で、これは寝室の間接照明として実用化できそう。《77 Million Paintings》も同じく、抽象イメージを映し出す十数枚の画面が音とともに少しずつ変化していく作品。イーノはこれを時間によって移り変わっていく7,700万枚の絵画に見立てているのだ。



ブライアン・イーノ《77 Million Paintings》[筆者撮影]


それにしても、なぜ美術館やギャラリーではなく既存の建物を会場にしたのか。ひょっとして、グラムロック出身なだけにいまだキワモノ扱いされているのか。理由は知らないが、結果的には規模的にもちょうどいいし(美術館では広すぎるし、ギャラリーでは狭すぎる)、空間的にも親密な空気が漂っていたし、正解だったのではないかと思う。のんびりしたい人、時間に余裕のある人にはおすすめの展覧会。



会場の京都中央信用金庫旧厚生センター外観[筆者撮影]

公式サイト:https://ambientkyoto.com

2022/07/20(水)(村田真)

artscapeレビュー /relation/e_00061779.json s 10178949

関西の80年代

会期:2022/06/18~2022/08/21

兵庫県立美術館[兵庫県]

関西の戦後美術というと、1950年代に登場した具体美術協会の存在があまりに大きくて、それ以降の動きが霞んでしまうほど。特に具体のメンバーが多数参加した大阪万博が終わり、彼らの活動拠点だったグタイピナコテカが閉鎖された1970年以後、急速に元気を失っていく(もっとも東京も似たようなもんだったが)。ところが80年代になると、にわかに関西のアートシーンは活気を取り戻していく。同展の主催者は「西高東低」と形容するが、それほどではないにせよ首都圏と同じく急激な盛り上がりを見せたのは事実だ。首都圏ではこうした勢力を、欧米の新表現主義絵画の影響を受けた「ニューペインティング」、あるいは70年代の音楽シーンから拝借した「ニューウェイブ」と呼んでいたが、関西ではそのまま「関西ニューウェイブ」の名称が定着した。

その先駆けが、1980年前後に関西で発表していた少し世代が上の辰野登恵子と福嶋敬恭の変貌だ。辰野は絵画、福嶋は彫刻だが、どちらも70年代は禁欲的なミニマルな作風だったのに、このころから表現主義的な作品に急変して周囲を驚かせた。それから堰を切ったように50年代後半生まれの主に京都市立芸大出身のアーティストたちが登場する。ぼくが「関西ニューウェイブ」と聞いて真っ先に思い出すのは、山部泰司と杉山知子だ。山部は花をはじめ植物的イメージを大画面に描いた絵画、杉山も明るくカラフルな南国のようなイメージを膨らませたインスタレーションで知られ、今回も期待を裏切らない華やかな旧作が出品されている。



左から福嶋敬恭《ENTASIS》、栗岡孝於《Nature of Nature》、飯田三代《SURVIVE》[筆者撮影]




杉山知子《the drift fish》[筆者撮影]


ほかにも、写真というメディウムを使いながらそれをインスタレーションとして展開した石原友明、メディアを横断して「彫刻」「絵画」「美術」の概念を覆そうとした中原浩大、アニミズム的空気を漂わせながらもどこかすっとぼけた藤浩志、現代美術にロックンロールを持ち込んだ中西學など実に多彩だ。しかし具体もそうだったが、どうも彼らの作品は絵画や彫刻の問題を突き詰めて出てきたものというより、どこか「ウケ」や「お笑い」を意識した表現に見えて仕方がなかった。その最たるものが、ゴッホに扮した自画像でデビューした森村泰昌だろう。このえげつないくらいにコテコテの露悪的表現は、関西でしか生まれず、関西でしかウケないのではないか。そう思っていたが、実際には東京でも、いや世界でも通用したのだから、この説は東京生まれ(でも関西育ち)のぼくの偏見にすぎないのかもしれない。

展示に関していうと、空間的に余裕を持ったディスプレイは見やすいし、作品も美しく感じる。しかし、もともと広大な美術館ではなく、画廊(特に狭い貸し画廊)での発表を前提につくられた作品が大半のせいか、借りてきた猫のようにおとなしい印象を受けるのも事実だ。明るく、楽しく、にぎやかなはずのニューウェイブの展示としては、あまり熱が感じられないのだ。もっと作品をぎゅうぎゅう詰めにして、摩擦熱を発するくらいにしてほしかったなあ。作者は嫌がるだろうけど。最後にひとつ不可解に思ったのは、椿昇の作品がなかったこと。椿はさまざまな意味で関西ニューウェイブを牽引したアーティストだと認識しているが、なぜないのか? 関西では重要視されていないのか? それともなにかトラブルでもあったのか?


公式サイト:https://www.artm.pref.hyogo.jp/exhibition/t_2206/


関連レビュー

ニュー・ウェイブ 現代美術の80年代|村田真:artscapeレビュー(2018年12月15日号)
起点としての80年代|村田真:artscapeレビュー(2018年10月01日号)

2022/07/20(水)(村田真)

artscapeレビュー /relation/e_00061211.json s 10178950

生誕100年 山下清展—百年目の大回想

会期:2022/06/25~2022/08/28

神戸ファッション美術館[兵庫県]

生誕100年記念展。てことは1922年生まれだから、なんとぼくの親父と同い年だ。ぼくが子供のころマスコミを賑わせていた天真爛漫な山下清が、しがないサラリーマンのとうちゃんと同じ年だったとは、ちょっと衝撃的。とうちゃんも少年時代、清ほどではないけど吃音気味だったというし。それはともかく、山下清は吃音もあって小学校でイジメにあい、12歳で養護施設の八幡学園に入所。ここで色紙を切って台紙に貼りつけていく貼絵と運命的に出会う。

展示は、小学校のころの花火や鯉のぼりなど日常を描いた鉛筆画から始まるが、その細かい描写は稚拙ながらも並々ならぬ観察力と根気強さに裏打ちされている。初期のころの貼絵は、大きくちぎった紙を貼り合わせて好きな昆虫を表わしていたが、次第に紙を細かく裁断し、色使いも工夫を凝らすようになっていく。15-16歳ごろには印象派風の点描法を体得。このころから展覧会に出品した作品が注目を集め、安井曽太郎らの賛辞を受ける。しかし戦争の足音が近づくにつれ徴兵を極度に恐れ、学園を脱出。以後何度も抜け出しては連れ戻されるという放浪生活が始まり、その旅先での思い出を描いたスケッチや貼絵が評判を呼ぶ。だが清は画材を携行することはなかったので(もちろんカメラもない)、それらは学園に帰ってから記憶をたどって描いたものだった。驚くべき記憶力といわざるをえない。

清は、知的障害を抱えながら記憶力などが突出しているサヴァン症候群だったのではないかといわれているが、しかし彼の絵はカメラのような客観的描写とは異なり、かなり恣意的に構成され、様式化さえしている。彼が見たものをそのまま網膜に焼き付けて再現するのではなく、視覚情報をいちど脳内で処理し、概念化させていることは、代表作である《長岡の花火》(1950)や《桜島》(1954)を見ればわかる。だから清の絵はリアルには感じられず、むしろプリミティブに映るのだ。

ただし後年、特にヨーロッパ旅行をしたときに描いた風景画になると、正確な遠近法が使われ、かなり写実的になっている。清も書き残しているように、このときは行く先々でスケッチを描いていたようだ。カタログによれば、この旅行時の作品は「清が作った貼絵の中で最高傑作との声もある」「その技術が頂点に達していたと思われる」としているが、いわゆる「うまく」なったものの山下清らしさは薄れ、《長岡の花火》や《桜島》などに比べればおもしろさは半減しているように思える。最晩年の遺作「東海道五十三次」(貼絵の前段階のペン画のみ)に至っては、誤解を恐れずにいえば「少しうまい素人の絵」程度にしか見えないのだ。山下清という特異な才能を発揮した一個人の画業のなかでこれを見れば、その変化は興味深いが、遺作だけを取り出してみても残念ながらおもしろくもなんともない。

山下清の作品が美術館に収蔵されず、日本の近代美術史に正当に位置づけられていないと嘆く声も聞かれるが、それは彼の知的レベルや制作態度の問題ではなく、おそらく貼絵という脆弱な素材に起因するのではないか。紙だから退色はあるし、保存状態は必ずしもよくない。貼絵は少年時代から清が体得した表現手段ではあるけれど、より堅固な画材である油彩で描いていたらどうだったろう。もちろん油彩技法の習得は容易ではないし、相性もあるけれど、もし貼絵くらいの完成度が達成できていたなら、もう少し美術館でもコレクションしようという機運が生まれ、それなりの評価を与えられていたのではないかと想像するのだ。あくまで想像にすぎないが。


公式サイト:https://www.fashionmuseum.jp/special/yamashitakiyoshi/

2022/07/20(水)(村田真)

artscapeレビュー /relation/e_00061207.json s 10178951

バズ・ラーマン『エルヴィス』

映画『エルヴィス』(2022)は、後にマネージャーとなるトム・パーカー大佐が、若きスターが誕生する瞬間を目撃するライブのシーンがとても魅力的だし、金もうけに走り、プレスリーを消費するマネジメントとの確執が大きなテーマのひとつだが、個人的に印象に残ったのは、音楽と社会背景との密接な関係だった。今では考えられないが、プレスリーが腰を振って踊るだけで、卑猥とされ、良識派からは非難の対象となり、放送禁止が要求されている。また彼は、子供のときに貧しい住区に暮らしていたことから、身近にアフリカ系アメリカ人の音楽を吸収していた。それゆえ、リズム・アンド・ブルース+カントリー(白人サイドの音楽)という2つのルーツが融合し、希有な歌い手が登場したのである。だが、当時は人種の隔離を提唱する政治的な主張も根強く、公然と差別が行なわれていた。したがって、人種が交ざるような音楽そのものが、保守派にとっては不道徳であり、脅威とみなされていた。ロックはその起源において、政治的なものとして出現したのである。

晩年はラスベガスのショーが中心だったが、プレスリーが活躍した激動の時代は、キング牧師やケネディ大統領の暗殺事件とも重なる。日本でこの映画が公開された直後、安倍首相の銃撃事件が発生し、思わぬかたちで『エルヴィス』は今の時勢とつながりをもち、現代日本のロックについても考えさせられた。すなわち、その非政治性である。ほとんど政治的な発言をしないミュージシャンと、音楽に政治を持ち込むな、という聴衆の雰囲気だ。

ところで、3年ぶりに開催されたサマーソニックの初日、ZOZOマリンスタジアムのステージにおいて、イタリアのバンド、マネスキンの女性ベーシストによるジェンダーに関するステートメントとしてのニップレス着用をKing Gnuが揶揄し、ロサンゼルスの女性パンクバンドのリンダ・リンダズのカタコトの日本語をマキシマム ザ ホルモンがネタにしたという。外国の女性ミュージシャンに対する差別的な MCを平然としてしまうバンドは、ロックの末裔として恥ずかしい。アジア系、ラテン系のメンバーから構成され、人種差別に対抗する曲ももつ、リンダ・リンダズのバンド名は、もともとブルーハーツの楽曲にちなむ。筆者は、マウンテン・ステージでまだ十代の彼女たちの演奏を聴いたが、ガッツのあるロックだった。


公式サイト:https://wwws.warnerbros.co.jp/elvis-movie/

2022/07/24(日)(五十嵐太郎)

2022年09月01日号の
artscapeレビュー