artscapeレビュー

田中美沙子『闇とルシフェリン』

2013年08月01日号

会期:2013/07/05~2013/07/06

せんがわ劇場[東京都]

久しぶりに新しい才能に出会えたとわくわくした。上演時間の60分を飽きさせない知的な工夫が随所に施されていたからだろう。田中美沙子は、黒田育世が主宰するBATIKに所属するダンサー。確かに「女性性」の表現に黒田のセンスに通底するものを感じるのだけれど、そうした印象をはみ出す力強い可能性を見た気がしたのだ。舞台にはシングルサイズのベッドと黒い下着姿の女(田中)が1人。女は口に、トナカイの角に似た木の枝(先端には小さな電灯が飾られてもいる)をくわえている。なんとも滑稽で奇妙なジョイント。なぜ女がへんてこなオブジェをくわえる運命を生きることになったのか、それはわからない。わからないが無理やり繋がっている二つの存在に目が釘付けになる。田中の体からは、バレエのエッセンスを感じさせる動作が時折あらわれる。けれど、アンコウの体の一部のようでもありまたペニスのようでもある銀色の枝が、その美しさを打ち消してしまう。次に、ベッドが壁のように立てられると、女は闇から残骸らしきものを拾いはじめた。残骸のなかに、明らかにしゃれこうべとわかるパーツがあらわれる。おかしなポーズのおまじない(?)とともに、それらをベッドの向こうへ放り投げる。しばらくすると、今度は完全な形のしゃれこうべを手に田中が姿をあらわした。時間の逆行?魔法?なんだかよくわからないが、枝といいベッドといいこのしゃれこうべといい、ソロのダンスにこうしたアイテムがとても効果的に舞台に置かれているのは間違いない。オブジェが踊る身体を引き立てるだけの役割ではなく、むしろ身体と対等に並び、拮抗しているのがよいのだ。全体として音楽の選択もとても気が利いていた。印象的な音楽が流れるたびに、イメージが切り替わり、その都度、場が面白くなった。けれども、音楽が前に立ちすぎて、音楽に頼りすぎているように見えてしまうのは残念だ。音楽と拮抗し、ときに音楽を裏切り、あるいは音楽不在のダンスであっていい。正直、フライヤーに書かれていた作品についての田中本人の文章と、作品を見たぼくの印象とはあまり接点がない。そういう意味で、ぼくの誤解もあるのかも知れない。けれども、それにしても、風変わりで力強い作品を見ることができた楽しさは否定しようがない。

2013/07/06(土)(木村覚)

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