artscapeレビュー
稲垣智子「声 -Voice-」
2015年07月15日号
会期:2015/06/23~2015/07/11
「ライトに照らされた側が鏡面になり、暗い側の面はガラスのように向こう側が透けて見える」というマジックミラーの二重性をうまく利用したインスタレーション。映像インスタレーション作家の稲垣智子はこれまでも、こうしたマジックミラーでできた箱の中にリアルとフェイクの境界が曖昧なオブジェを詰めた作品を発表してきた。近年の大作《Forcing House》(2013年)では、マジックミラー貼りの温室の中に本物とフェイクの植物が入り混じり、内部の壁面いっぱいに投影された映像の女性が窮屈そうに身じろぎする。現実とも非現実ともつかない光景は、万華鏡のような鏡の反映によって自己増殖を繰り返し、閉じた箱の中に永遠に広がる虚像の世界を生み出していく。
本個展「声 -Voice-」の出品作は、こうした過去作の系譜に連なるものである。マジックミラーでできたケースの中に納められているのは、嫁入り道具や婚礼用の贈答品として用いられてきた、豪華な振袖姿の日本人形や花嫁衣裳の西洋人形たち。足元には色とりどりの造花が敷き詰められ、ライトが華やかに照らし出す。ケースの外側はガラス面になるため、周りの人形たちの姿が多重に映り込んで幻想的な雰囲気を醸し出す。一方、内部をのぞき込むと、鏡の空間に閉じ込められた人形の姿が延々と反復される無限の回路が広がっていく。
鑑賞用の高価な人形たちは、美しく華やかに飾られているようにも、出口のない空間に閉じ込められているようにも見える。彼女たちは自己の分身と見つめ合い、幻影に取り囲まれ、外部のないナルシシスティックな回路に閉じ込められている。「人形」という存在は、男性の眼差しによって形作られた理想像を示唆するとともに、「きれいな花嫁さん」として理想化された自己像の内在化でもあり、出口のない回路の中で、自分自身を見失うほどに分裂し、増殖していくのだ。
稲垣は、そうした美しくも残酷なまでに脅迫的な回路を作り上げつつ、人形たちを花とともに箱に詰める。その手つきは、棺桶や柩を連想させ、「死」を強く感じさせる。ここで、本展で用いられたような婚礼の贈答用の人形は、江戸時代、武家の子女が嫁ぐ際に、災厄を身代わりさせるための人形を嫁入り道具として持たせたという風習に由来することに留意したい。だが、古風な日本人形や少女漫画風の目鼻立ちの西洋人形がどことなく時代を感じさせるように、そうした風習も、結婚率の低下や価値観の変化によって消えていきつつある。稲垣は、人形という似姿を借りて、時代とともに失われ、変化していく女性たちの声に耳を傾けながら、愛おしむように丁寧に箱に納めつつ、そっと葬送を告げるのだ。
2015/06/27(土)(高嶋慈)