artscapeレビュー

ルーヴル美術館展 日常を描く──風俗画にみるヨーロッパ絵画の真髄

2015年08月01日号

会期:2015/06/16~2015/09/27

京都市美術館[京都府]

ルーヴル美術館所蔵の絵画のなかでも、16世紀から19世紀までの風俗画に焦点をあてた展覧会。クロード・ロラン、ブリューゲル、ミレー、ホガース、ヴァトー、ルーベンス、フラゴナール、コローなど、世に知られた画家たちの作品も少なからず出品されている。そして、本展の目玉はフェルメールの《天文学者》。2011年にBunkamuraザ・ミュージアムで開催された「フェルメール《地理学者》とオランダ・フランドル絵画展」が記憶に新しいが、その《地理学者》と対をなす一点である。初来日だそうだ。
「日常を描く」という副題に身構えることなく赴くと、会場入り口の解説によって、この展覧会の主題が絵画のジャンル論であることを知らされる。「風俗画」とは「日常の親密さや単純な感情を描いた」絵画で★1、絵画のなかでも比較的歴史が浅く軽視されてきたジャンルである。この「風俗画」の価値を問うことは、絵画表現の、芸術の意義を問うことでもあるわけだ。
風俗画のなかでも、17世紀オランダの風俗画はほかに先駆けて現われた特異な存在である。画家たちは「日常生活の題材、すなわち本質的に知的、文学的、歴史的要素のない出来事や逸話などを絵画化することを重視」し、「自身の作品に大いなる自律性を与えた」という★2。画家たちは、既存の文脈や価値観から離れ、自律する作品を目指したのである。例えば件のフェルメールの《天文学者》。ひとりの学者が思索にふける、ごくありふれた姿を描いたものだが、背後の壁面上の図像や人物の前に開かれた天文学の案内書、机上に置かれた最新型の天球儀など、一つひとつのモチーフを極めて精密に描くことで、科学者の研究にかける意志や意欲、さらには同時代の人々の科学への期待や関心までもが表わされている。なにより、窓から差し込む光とそれに映える衣服や布の青が明るく美しい。近年、日本ではフェルメールの人気が高まっている。もちろん、この人気は絵画におけるジャンル論とは無縁ではあろうが、当時の風俗画のなかで貫かれた、既存の価値観にとらわれない自由で開放的な精神性が多くの人々を魅了するのではないだろうか。[平光睦子]

★1──ヴァンサン・ポマレッド「『儚い世の美術』──16世紀から19世紀のヨーロッパの『風俗画』」(『ルーヴル美術館展 日常を描く──風俗画にみるヨーロッパ絵画の真髄』日本テレビ放送網、2015、13頁)。
★2──ヴァンサン・ポマレッド「『昔日の巨匠たち』と『新しい絵画』──19世紀フランスに置ける17世紀オランダ絵画の影響」(前掲書、48頁)。

2015/07/19(土)(SYNK)

artscapeレビュー /relation/e_00030931.json l 10113262

2015年08月01日号の
artscapeレビュー