artscapeレビュー

アール・ヌーヴォーのガラス展

2015年08月01日号

会期:2015/07/04~2015/09/06

パナソニック汐留ミュージアム[東京都]

ドイツの実業家ゲルダ・ケプフ夫人(1919-2006)が蒐集し、1998年にデュッセルドルフ美術館に寄贈したアール・ヌーヴォー期のガラス工芸コレクション約140点を紹介する展覧会。同コレクションがドイツ国外で展示されるのは初めてだという。展示はパリとアルザス=ロレーヌの二つに地域に分けて構成されている。パリの製品は、19世紀末、日本の浮世絵や中国の乾隆ガラスなど、東アジア地域から影響を受けた意匠。北斎の木版画から引用されたと考えられる布袋や鯉など、直接的な引用が見られる。ガレやドーム兄弟が活躍したフランス北東部ナンシーを中心とするアルザス=ロレーヌ地方では、東洋美術の影響を受けながらも、独自のスタイルのガラス器がつくられた。
 アール・ヌーヴォーの(アール・デコもだが)ガラスは日本でとても人気があり、ケプフ夫人のコレクションが日本に巡回するのもそれゆえと思われる。しかし、他方で日本国内には質・量ともに充実したコレクションがあり、もちろんフランスのナンシー美術館にも多くの優品が収蔵されている。そうしたなかでわざわざドイツのコレクションを見るのだから、ただアール・ヌーヴォーのガラスを楽しむだけではなく、このコレクションが形成された物語や特徴にも着目したい。ゲルダ・ケプフ夫人は、1888年に祖父が創業したGelita社──現在はゼラチンやコラーゲンの製造メーカー──の経営を継ぎ、1960年から75年まで取締役を務め、その後も80歳になるまで経営に携わっていた。ガラスを集めはじめたのは1960年代から。コレクションにガレの作品があることはもちろんだが、まだ評価が高くなかったドーム兄弟の作品にいち早く注目していたという。コレクションはアール・ヌーヴォーのガラスに絞られていたことを見れば、ケプフ夫人がその様式に魅せられていたことは間違いないが、館内で上映されている映像によれば、器形や図案以上にガラス製造の技術に関心があったようだ。その点を意識してコレクションを見てみると、器形に凝ったものは比較的少ないこと、昆虫や爬虫類を立体的なモチーフにしたグロテスクな作品が少なく、花や植物の意匠が多く見られることに気づく。解説によれば水に関連するモチーフのものが多く集められていたようだ。日本ではあまり知られていないデザイナーの作品が多いことも、技術への関心ゆえであろうか。パナソニック汐留ミュージアムの岩井美恵子学芸員が注目する作品のひとつは、エミール・ガレの《花器(カッコウ、マツヨイグサ)》(1899/1900年頃)。この器に用いられている「マルケトリ」という技法は、あらかじめ文様に切り出したガラス片をボディに象嵌する装飾技法で、ガレが木製家具の象嵌からガラス制作に応用し特許をとったもの。ガレの独創性を示す作品であると同時に、ケプフ夫人がその技術に関心を抱いたであろうことは想像に難くない。展示室はヨーロッパの美術館のようなしつらえ。数点の作品の展示ケースには特別な照明装置が仕込まれており、器を外側からと内側からと交互に照らし、ガラスならではの美しい効果を私たちに見せてくれる。[新川徳彦]

2015/07/24(金)(SYNK)

artscapeレビュー /relation/e_00031530.json l 10113274

2015年08月01日号の
artscapeレビュー