artscapeレビュー

プレビュー:したため#5『ディクテ』

2017年05月15日号

会期:2017/06/22~2017/06/25

アトリエ劇研[京都府]

京都を拠点に、近年着実に力をつけてきている「したため」は、演出家の和田ながらが主宰する演劇ユニット。初期作品では、台本を用いず、出演者との会話を積み重ね、その人の記憶や経験から言葉を引き出し、「演劇」としての時空間を構築していく方法論が試みられていた。近年は、自由律俳句や小説など、戯曲でない(演劇の舞台のために書かれたのではない)テクストを台本として用いる手法へとシフトしている。特に、昨年発表された『文字移植』は、ドイツを拠点に、日本語とドイツ語の両方で執筆する作家である多和田葉子の同名小説を、「演劇」として俳優の発話する身体に「移植」する試みであった。「翻訳」の(不)可能性、言語の物質性、異言語や異文化の越境に伴う身体的な違和感を主題としたこの小説では、原文のドイツ語の語順のまま、単語が読点で区切って並べられ、日本語の文法構造が破綻したパートと、読点が一切ない日本語で書かれたパートが交互に登場する。そうした構造的な仕掛けに加え、ポストコロニアルと男性中心主義への批評が何重ものメタファーによって仕掛けられ、多層的な解釈をはらむ小説だ。したためは、美術作家の林葵衣による舞台美術の力も借りつつ、俳優の身体表現と声によって、テクストの密度を音響的・立体的に立ち上がらせることに成功していた(詳細は、以下のレビューをご覧いただきたい)。
今回の新作公演でしたためが挑むのは、テレサ・ハッキョン・チャによる実験的なテクスト『ディクテ』。朝鮮戦争と軍政を逃れて渡米したチャは、コリアン・ディアスポラとして二重化された生と言語を生きる自らの苦痛に、日本の植民地支配により母語を剥奪された母の世代の記憶を重ね合わせ、英語とフランス語に漢字やハングルが混じる多言語の使用と、フランス語の書き取り練習、カトリックの教義問答、映画の台本など、様々な文体のコラージュからなる極めて多層的なテクスト『ディクテ』を書いた。前作の『文字移植』においても主題化されていた、翻訳、ポストコロニアル、異文化・異言語へ移植される身体、発話的苦痛、ジェンダーといったキーワードが、本公演『ディクテ』ではどのような深化をとげるのか、非常に興味深い。舞台美術は前作と同じく、林葵衣が担当。さらに、外国から日本に移住した人々に取材する作品を継続的に発表しているBRDGの山口惠子が出演者として参加する。演出家の松田正隆による舞台化や山田うんによるソロダンス作品など、これまで何度も舞台化されてきた『ディクテ』だが、したため版はどのようなものになるのか、見逃せない。

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したため#4『文字移植』|高嶋慈:artscapeレビュー

2017/04/30(日)(高嶋慈)

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