artscapeレビュー

ヴォルス 路上から宇宙へ

2017年05月15日号

会期:2017/04/01~2017/07/02

DIC川村記念美術館[千葉県]

ぼくが「現代美術」を知った70年代には、ヴォルスをはじめアンフォルメルの評価はもっと高かったように思うが、その後、抽象表現主義の評価の高まりとは対照的に徐々に低下していったような気がする。これは戦後美術におけるフランス(パリ)とアメリカ(ニューヨーク)の覇権争いも関係しているかもしれない。ともあれ、すっかり忘れたころにやってきたヴォルス展だ。導入は、というより前半は写真。点数でいえば約4割を写真が占める。第二次大戦前から戦中にかけて撮られたもので、モチーフはマックス・エルンストらのポートレートをはじめ、道端に寝そべる浮浪者、ぬれた舗道、ウサギや鶏肉、野菜や果物など。なんのために撮ったのかわからないところがいい。撮った意図はあるけど、発表する意図はないみたいな。
絵のほうは1930年代末から亡くなる51年までの10年余りのもので、紙にグワッシュか版画(ドライポイント)が大半を占め、油彩は5点しかない。でもこの小さなグワッシュ作品がなんともいえず病的で、心に染み入る。これはヴォルスの生来の特異な資質と、戦中を敵国人としてフランスですごした特殊な状況が生んだ絵画であって、モダンアートの尺度で計ってもあまり意味がないように思う。写真と同じく、描くモチベーションは高くても、それを発表したり残したりする意志は薄かったんじゃないか。ヴォルスの作品は、15歳年上の世話女房(もはや死語)がいなければ世に出なかったかもしれない。

2017/04/01(土)(村田真)

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