artscapeレビュー

上田義彦「森の記憶」

2017年05月15日号

会期:2017/04/14~2017/07/02

Gallery 916[東京都]

本展の会場の入り口近くには、上田義彦が1990~91年にアメリカ・ワシントン州の原生林で撮影した「QUINAULT」のシリーズから5点の作品が展示されていた。ネイティブアメリカンの聖地だという深い森の奥に、8×10インチ判のカメラを手に踏み込んで撮影したこのシリーズに捉えられているのは、下草や蘚苔類が巨木に絡みつくように群生した、ミクロコスモスというべき眺めである。上田はそれを、大判カメラの描写力を極限近くまで活かして、画面の隅々までピントを合わせたパンフォーカスで撮影した。結果として、それらの写真はあくまでも鮮鋭な、細密画を思わせるマチエールの作品として成立することになった。
ところが、それから約20年後に屋久島の森で撮影された2つのシリーズ「Materia」(2011)と「M.River」(2012)では、まったく正反対といえそうなアプローチが試みられた。ここではシャープなピントや、明確だがスタティックな絵画的構図は完全に捨て去られ、曖昧で不安定な画面構成、ブレやボケによる滲みなどが目につくようになる。光、風、水などのアクシデンタルな要素を積極的に取り入れることで、揺らぎつつ変容していく森の姿が浮かび上がってきた。その違いは、おそらく上田自身の写真家としての姿勢が、この20年ほどのあいだに大きく変わったことに対応しているのだろう。つまり、今回の展覧会に出品されていた3シリーズには、彼の外側に「風景」として対置されていた森が、内なる森として意識され、再構築されていく、そのプロセスが刻みつけられているのだ。
森をある種のバロメーターとするような作品制作の営みは、これから先も続いていくのではないだろうか。今回は過去形の森のシリーズの展示だったが、次回はぜひ現在進行形のアプローチを見てみたい。また、これまでバラバラに発表されてきた森の写真を集大成する写真集出版の企画も期待したい。

2017/04/18(火)(飯沢耕太郎)

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