artscapeレビュー

奥山淳志「庭とエスキース」

2018年02月15日号

会期:2018/01/24~2018/01/30

銀座ニコンサロン[東京都]

「他者の人生にカメラを向ける」というのは、口で言うほど簡単なことではない。写真家とモデルとの微妙な関係をうまく保ちつつ、長期間にわたる忍耐強い作業の蓄積が必要になるからだ。奥山淳志が、北海道新十津川町で自給自足の生活を送る「弁造さん」(井上弁造、当時78歳)の写真を撮影し始めたのは、「25歳の頃」だったという。以来、森の中の丸太小屋での暮らし、その周辺の「庭」の様子を繰り返し訪ねて撮影し続けてきた。2012年に「弁造さん」が92歳で亡くなってからは、遺された「庭」や彼が描き続けた絵のエスキースにカメラを向けることが多くなった。今回の銀座ニコンサロンの個展は、その成果をまとめたもので、それに合わせて厚みのある写真集『弁造 Benzo』(私家版)も刊行された。

6×6判のカラーフィルムで撮影された写真群は、「弁造さん」の生の痕跡を丁寧に跡づけ、辿っていく。今回の展示の特異な点は、彼が遺したエスキースをそのまま複写した写真がかなり多く含まれていることだろう。しっかりとしたデッサン力を感じさせるスケッチやクロッキーではあるが、絵画作品としてそれほど高度に完成されたものではない。だが逆に、それらは「弁造さん」のあまり人に見せなかった側面を、ありありと浮かび上がらせているようにも見える。奥山によれば、エスキースのほとんどは女性を描いたものであり、そこには独身だった彼の「リビドー」が秘められているのではないかというのだ。この推測が当たっているかどうかは別にして、そこでは絵画作品を手がかりにして「他者の人生」を再構築していくという興味深い試みが展開されていた。

奥山は1998年に岩手県雫石町に移住し、東北の風土と文化をテーマにしたドキュメンタリーに力を入れているが、そこからはみ出した今回の展示にも、彼の表現力の高まりを感じることができた。なお、本展は2月22日~2月28日に大阪ニコンサロンに巡回する。

2018/01/24(水)(飯沢耕太郎)

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