artscapeレビュー
2018年02月15日号のレビュー/プレビュー
谷川俊太郎展
会期:2018/01/13~2018/03/25
東京オペラシティ アートギャラリー[東京都]
谷川俊太郎が60年以上にわたって発表し続けてきたコトバ、モノ、映像など多彩な作品世界が開陳されている会場に、1982年にダゲレオ出版から刊行された写真集『SOLO』におさめられた写真群がかなり大きなスペースを占めて展示されていた。これは嬉しいことだ。というのは、谷川はとてもいい写真家ではないかと前からずっと思っているからだ。
『SOLO』はかなり実験的な写真集で、当時仕事場として借りていた新宿のワンルームマンションの一室を舞台に、日常の断片がアトランダムに切り取られ、無造作に投げ出されている。チラシや新聞記事、楽譜などのコピー、昔の写真なども挟み込まれており、その雑然とした、やや不穏な空気感は、その時期の彼のやや荒んだ精神や身体の状況を反映しているようでもある。いわば、谷川流の「私写真」というべきこの仕事を、彼が大事にしていることが、展示からもしっかりと伝わってきた。
じつは谷川にはもうひとつ、重要な写真の仕事がある。個人的な関わりもあるので、その写真文集『写真』(晶文社、2013)の作品が展示されていなかったのはちょっと残念だった。『写真』を見れば、デジタル時代になっても谷川がこの表現メディアに強い関心を寄せ続け、そのあり方について思いを巡らし、テキストを書き続けていることがよくわかる。その関心は、いまも持続しているはずだ。あらためて、「写真家・谷川俊太郎」という観点から展覧会を企画することも充分に可能なのではないだろうか。
2017/01/21(日)(飯沢耕太郎)
《タージ・マハル》《アーグラ城塞》
[インド]
学生時代にインドをまわったときに、次のように感じた。ここでは純粋に建築を鑑賞しづらい、と。なぜなら、公共交通機関があまり整備されておらず、移動にかかる労力が半端なく、目的地に行くために、リクシャーともめたことなど、旅のノイズを思い出すからだ。今回そんなことはないように移動手段を選んでいたが、デリーからアーグラへの日帰りで大変な経験をした。あらかじめインド人の元留学生から、冬のインドはスモッグがひどいと警告されていたが、本当だった。まず早朝に出発した鉄道は、濃霧なのかスモッグなのか判別しがたいが、視界不良のため、止まっては進むを繰り返し、4時間近く到着が遅れた。昼過ぎには少し天候が良好になったが、25年ぶりの《タージ・マハル》は霧の中で幻想的な風景だった。それにしても、インドで最も有名な世界遺産は、昔に比べて、とんでもなく混んでおり、世界規模での大衆ツーリズムの急成長をここでも感じる。
《アーグラ城》のほうが空間体験の記憶がよく残っていた。観念的かつ工芸的な廟ではなく、人が使う宮殿ゆえか。実際、これはイスラム、ヒンズー、ベンガルの地域性を融合し、複雑なデザインの操作が興味深い。赤砂岩と白大理石の対比も効果的だ。なお、到着の遅延がひびき、《ファティプルシクリ》再訪はかなわず。最悪なのは帰りのバンだった。厳寒のなか車中にまともな暖房がなく、再び霧に覆われ、視界はせいぜい数m。離れすぎると前後左右のクルマが見えず、方向性がわからなくなるため、短い車間距離のまま、団子状に高速道路を移動する。日本ならあまりに危険なので、高速閉鎖だろう。事故にあわずに生還できるか? と思う恐ろしい体験だった。ついには高速の途中で運転手が休憩所で朝まで過ごすと言いだす(結局、6時間かけてデリーに戻ったが)。映画『ミスト』の最後の絶望的な気持ちを理解できなかったが、ずっと視界を失うリアルな体験をして、少しわかった。
左:鉄道、車窓の風景 中右:《アーグラ城塞》
2018/01/01(月)(五十嵐太郎)
インド《国立博物館》《国立近代美術館》
[インド]
インドのミュージアム事情について触れておこう。《国立博物館》は、1階がハラッパーの文明、仏教の彫刻、細密画、工芸。2階が硬貨、船舶、ラーマヤーナ。3階が部族、楽器、兵器などを展示し、コレクションは見応えがある(特に仏教系)。ただし、展示デザインは洗練されていない。また3時間滞在したが、カフェが潰れていたので困った(つまり、飲食できない)。近代建築を転用した《国立近代美術館 本館》は、DHARAJ BHAGATの回顧展を開催していた。優れた作家だが、作品の並べ方の意図がまったく不明である。《国立近代美術館 新館》の常設展示も、年代や系譜による分類のほか、美術史の解説などが一切なく、これでは門外漢にはまったくわからない(なお、テキストはヒンズー語がなく、英文のみ)。《新館》の現代建築は外観こそ立派なのだが、内部空間はあまり展示に向きではなかった。そして驚かされたのは、ほとんど閉鎖しているかのようなカフェの寂しさである。
つまり、モノを置いているだけで、来場者にわかりやすく伝えようという意識が感じられない。また美術を鑑賞したあと、カフェで休むという行動も想定されていない。それは《国立ガンディー博物館》も同様である。ここは質素な展示で、偉人の生涯をたどりながら写真を並べるだけなのだが、それはそれで結果的にガンディーらしさを感じないわけではない。ここでも屋内で飲食できるカフェを探したが、屋外に小さな屋台があるのみだった。一方、晩年に身を寄せた富豪の家を改造した《ガンディー記念博物館》は、2階にこれみよがしのマルチメディア展示があったのだが、かえって操作が面倒なわりには、内容は子供だましでほとんど情報量がない。これならば、写真や史料などでたんたんと事実を伝えるアナログの展示のほうがましだ。なお、周囲が高級住宅街であり、大きな土産物店も備えていたので、レストランくらいあるのかなと期待したが、飲食できる施設はなかった。
左:「DHARAJ BHAGAT」展、展示風景 右:《国立近代美術館新館 新館》の寂しいカフェ
《国立近代美術館新館》外観
2018/01/04(木)(五十嵐太郎)
6人の星座 ニコンサロン50周年記念 ニコン・コレクション展
会期:2018/01/05~2018/01/23
銀座ニコンサロン[東京都]
1968年に東京・銀座に開設されたニコンサロンは、数あるメーカー系のギャラリーのなかでも強い存在感を発し続けてきた。基本的には展示専門のスペースなのだが、1976年に伊奈信男賞(その年にニコンサロンで開催された最優秀の展覧会を顕彰)が新設されたのをひとつのきっかけとして、写真収集にも力を入れるようになった。今回のニコンサロン開設50周年を記念する「6人の星座」展では、そのニコンサロンのコレクションの中から選抜して、山村雅昭、深瀬昌久、平敷兼七、鈴木清、田原桂一、山崎博の6人の作品、33点が展示された。
数はそれほど多くないが、会場は張り詰めた空気感に満たされ、それぞれの写真が発する“気”のようなものがしっかりと伝わる素晴らしい展示になった。6人の写真家たちは、一般的にいえばそれほど著名ではないし、日本の写真表現のメインストリームをというわけでもない。だが、作風はそれぞれ違うものの、自らの生と写真家としての営みを見事に合致させ、深みのある作品世界を形成してきた作家たちである。つまり、自分の視点と方法論をきちんと確立した写真家たちということで、一人ひとりの視座が互いに結びついて、ひと回り大きな「星座」として成立しているところに今回の展覧会の見所がある。「日本写真」のエッセンスというべき展示を、今年の初めに見ることができたのはとてもよかった。
ニコンサロンのコレクションを活かした展示は、ほかのかたちでも十分に考えられそうだ。沖縄に根づいて活動を続けた平敷兼七の作品など、もっと別な枠でも見てみたい。なお、本展は2月1日~2月14日に大阪ニコンサロンに巡回する。
2018/01/05(金)(飯沢耕太郎)
《サムスン美術館リウム》
[韓国]
インドから日本に帰る途中、ソウルの乗り換えで数時間あったので、久しぶりに《サムスン美術館リウム》に立ち寄った。空港から最寄の駅まで、ほとんど地下空間の移動だけでアクセスできるおかげで、冬の厳しい寒さを感じるのは最小限に抑えられた(日本の美術館でこれが可能なところはどれくらいあるだろうか)。開館当初に一度訪れたときは予約制だったはずだが、いまは自由に訪問できるようになった。これはマリオ・ボッタ、ジャン・ヌーヴェル、レム・コールハースという三巨匠が各棟を設計するという夢のプロジェクトであり、収蔵品もクオリティが高い施設だが、企業の美術館だけではない。その後のソウルではザハ・ハディドの《東大門デザインプラザ》やMVRDVによる「ソウル路7017」などが登場し、さらに前衛的なデザインの存在感を高めている。一方、現在の東京は凡庸な開発ばかりで、むしろ昭和ノスタルジーに浸り、逆方向に向いているのではないか。
この美術館が興味深いのは、それぞれの建築家のデザインの特性を考え、ボッタ棟は古美術、ヌーヴェル棟は近現代の美術、そしてコールハース棟は映像、教育、特別展示など、フレキシブルな使い方をあてがっていることだ。また以前にはなかった手法によって、展示がバージョンアップしていた。例えば、ボッタ棟は韓国の古美術や工芸の展示だけに終始するのではなく、一部にマーク・ロスコなどの現代美術を加え、作品による新旧の対話を試みていた。またコミッションワークが効果的に挿入されていた。例えば、鏡面を活用し、黄色い半円群をリングに見せるオラファー・エリアソンの大がかりな空間インスターレションは、古美術の展示が終わり、中央のホールに戻る大階段の上部に設置されている。またカフェでは、リアム・ギリックのカラフルかつグラフィック的なインテリア・デザイン風の作品が、10周年を記念して2014年に増え、空間をより魅力的なものに変えていた。
2018/01/07(日)(五十嵐太郎)