2019年08月01日号
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artscapeレビュー

映画「世界で一番ゴッホを描いた男」

2018年11月15日号

会期:2018/10/20~上映中

新宿シネマカリテほか[東京都]

ゴッホやミレーらの有名絵画を印刷ではなく、手描きで再現した複製名画。日本ではあまり見かけなくなったが、パリやアムステルダムなど大きな美術館のある街ではしばしば土産物屋などで売っている。その複製画制作で世界の約6割のシェアを占めるのが、中国・深圳市の郊外にある大芬(ダーフェン)村だ。ここはかつて300人ほどの小村だったが、深圳市が経済特区に指定されると、香港に集中していた複製画工房が次々と物価の安い大芬村に移動。現在では画工だけで1万人を超え、年間数百万点もの油絵が輸出され、売り上げは6,500万ドルを超えるという(2015)。

この「大芬油画村」で20年間ゴッホを描き続けてきたのが、主人公の趙小勇(チャオ・シャオヨン)だ。彼は狭い工房のなかで、家族やアシスタントと寝食をともにしながら毎日何十点ものゴッホを「生産」するうちに、次第に「本物」のゴッホを見たいという欲望が募り、とうとうアムステルダムのファン・ゴッホ美術館とパリ郊外にあるゴッホの墓を訪問する夢が実現。しかしそこで、自分の描いた複製画が高級画廊ではなく土産物屋で売られていたこと、卸値の8倍以上の値がつけられていたことに落胆するが、なにより衝撃を受けたのは「本物」のゴッホとの出会いだった。パンドラの箱を開けてしまった、というと大げさだが、帰国後彼は自分の絵を描き始める……。

芸術のアウラ、画家と職人、オリジナルとコピー、手描きと大量生産、模写と贋作の違い、東西の価値観の違い、著作権の問題など、この映画は実に多くの問いを突きつけてくる。それは複製画というものがきわめて価値の高い「芸術」と、価値がないばかりか犯罪ですらある「贋作」との境界線上に位置しているからであり、それを国家公認の下に大量生産するというギャップに由来するだろう。複製画制作は西洋の目から見ればキッチュに映るかもしれないが(その消費者の大半は西洋人だが)、中国政府からすれば「名画の民主化」に貢献するというという大義がつくらしい。

ところで、この映画が撮られる数年前に、W・W・Y・ウォングが大芬村について書いた『ゴッホ・オンデマンド』という本が出版された(日本語版は青土社から)。クリスチャン・ヤンコフスキーが画工を使って作品をつくった(というと聞こえが悪いので「コラボレーション」になっている)とか、人気名画だけでなく、ゲルハルト・リヒターや河原温の複製画を制作する画工も登場したとか(「SEPT.10 2001」と描かれた「日付絵画」が何点もある!)興味津々の内容だが、その表紙を飾るのがゴッホの複製画を掲げた趙小勇であり、その写真を撮ったのがこの映画を監督した余海波(ユイ・ハイボー)なのだ。

2018/11/10(村田真)

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