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大石芳野「戦禍の記憶」

2019年04月15日号

会期:2019/03/23~2019/05/12

東京都写真美術館[東京都]

戦争をテーマとするドキュメンタリー写真家たちは、まさにその渦中にある人々や、彼らを取り巻く社会状況を撮影し続けてきた。だが、大石芳野のアプローチはそれとは違っている。彼女は「事後」に戦場となった場所を訪れ、その記憶を心と体に刻みつけた人々をカメラにおさめていく。ゆえに、彼女の写真には派手な戦闘場面もスクープもない。モノクロームの静謐な画面に写り込んでいるのは、沈黙の風景とこちらを静かに見つめる人々の姿だけだ。

今回、東京都写真美術館で開催された「戦禍の記憶」展には、1980年代以降にそうやって撮影され続けてきた写真約160点が、「メコンの嘆き」、「民族・宗派・宗教の対立」、「アジア・太平洋戦争の残像」の3部構成で展示されていた。例えば、南ベトナムで使用された枯葉剤の影響によって二重体児で生まれてきたベトとドクを、1982年から2009年まで何度も撮影した息の長いシリーズのように、大石の撮影のスタイルは、シャッターを押す前後の時間を写真に組み込んでいるところに特徴がある。写真だけでなく、その一枚一枚に付されたキャプションもじっくりと丁寧に練り上げて書かれており、地道な作業の積み重ねによって、「声なき人びとの、終わりなき戦争」の実態がしっかりと伝わってきた。ベトナムやカンボジアなどメコン川流域の住人たち、コソボやスーダンの難民キャンプに収容されていた人たち、ユダヤ人強制収容所からの生還者、旧日本軍「731部隊」の関係者、韓国人慰安婦、広島と長崎の原爆被災者、沖縄戦を生き延びた人々などの顔と証言は、そのまま20世紀の深い闇につながっているように感じる。

2019/04/03(水)(飯沢耕太郎)

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