artscapeレビュー

2019年04月15日号のレビュー/プレビュー

『移動都市/モータルエンジン』

[全国]

フィリップ・リーブのSF小説を原作とし、「ホビット」のシリーズで知られるピータージャクソンが製作を担当した「移動都市/モータルエンジン」は、「インポッシブル・アーキテクチャー」展が面白かった人におすすめの映画だった。都市が都市を捕食するという設定は、一体何を意味するのかと訝しがったが、驚くべきことに文字通り、見たことがない場面が展開される。すなわち、いきなり最大の見せ場でもある冒頭のシーンが示したように、移動する巨大都市が小さな街を追いつめ、大きな開口部を広げて、相手が所有している資源もろとも内部にとりこむ。具体的には、頂部にセントポール大聖堂を載せた「ロンドン」が、ハーフティンバーの建物をのせた街を追いかける。もっとも、ここは宗教施設ではなく、再び世界の覇権を握るための秘密の場所となり、映画の終盤はここが重要な舞台となった。また最初は不審人物を追いかけていたはずが、「ロンドン」の外に放りだされた主人公=トムの視点で映像が進むことで、巨大都市の隠れたメカの機構や外の世界の様子も描かれる。ゆえに、機械仕掛けの都市の視覚的な快楽に酔いしれることができる作品だ。

60分戦争によって一度世界が滅びたポスト・カタストロフの世界では、いったん技術が退化し、スチーム・パンクの設定のように、異なる発展を遂げたため、都市が移動するのが当たり前になっている。いや正確に言うと、少数派として地表に定住する非移動都市。したがって、アーキグラムのプロジェクトではないが、いろんなウォーキング・シティが登場し、空想建築のオンパレードが目を楽しませる。例えば、虫のように地をはう建築、空に浮く乗物や空中都市。なお、キャラクターとしては、じつは人間よりも、異常な執念でヘスター・ショウを追跡する「復活者(人造人間)」のシュライクが目立つ。破壊の限りを尽くす非情な怪物的相貌ゆえに、それが抱えていた孤独や悲しみが深く突き刺さるからだ。

2019/03/05(火)(五十嵐太郎)

平田晃久「人間自然」展

会期:2019/03/16~2019/06/23

忠泰美術館[台湾・台北]

台北の忠泰美術館で開催している平田晃久の個展「人間自然」にアドバイザーとして関わり、そのオープニングやシンポジウムに出席した。キュレーションを担当したのは、建築史家の市川紘司である。内覧会では多くのプレスが訪れ、その日の夕方から各種のメディア報道があり、現地における建築への関心の高さがうかがえる。なお、忠泰美術館は企業による美術館であり、これまで現代アートや建築(フィンランドのマルコ・カサグランデなど)の企画展を開催したほか、若手建築家の支援などを行なってきた。

「人間自然」展は、まず入口の天井に《Tree-ness house》の部分(おおむね)実寸模型が逆さにぶら下がり、階段を登ると、これまでに構想した建築の原型=種を紹介する。その後、12の島に見立てた建築プロジェクト群を模型や映像とともに展示していた。ギャラリー・間における平田展の巡回ではなく、まったく新しい内容になっている。高雄の《マリタイム・カルチャー・アンド・ポピュラー・ミュージックセンター》のコンペをきっかけに、平田は台湾と関わりをもち、台北や台南などのプロジェクトも紹介されている。空っぽの状態よりも、人が点在すると映える場に見えるのは、平田ならではの会場デザインだろう。そして順路の最後の通路には、一直線にレイアウトされた彼のテキストが続く。3月16日のトークイベントは、平田のレクチャーのあと、謝宗哲を司会に迎え、市川、五十嵐を交えて討議が行なわれた。

また平田が設計した集合住宅《台北ルーフ》を事務所スタッフとともに見学した。これまでに実現した彼の作品としてはボリュームが最大級のプロジェクトだろう。ただし、インテリアは、中国と同様、スケルトン売りの商品となっており、平田がデザインしたものではない。エントランスの天井のみ、作品のコンセプトを想起させる意匠が施された。各住戸の大きくとったテラスの傾斜した小屋根の群が、周辺環境と同化しつつ、雨を流す視覚的な造形をもち、屋根を山という自然になぞらえた彼の建築思想を表現している。

「人間自然」展、群島に見立てた会場デザイン


「人間自然」展、天井から逆さに吊られた《Tree-ness house》の部分(おおむね)実寸模型


「人間自然」展、アイデアの種


「人間自然」展、台北のプロジェクト


「人間自然」展、《台南市美術館》コンペ案


《台北ルーフ》外観


《台北ルーフ》屋上から見下ろす

2019/03/15(火)(五十嵐太郎)

《台南市美術館》《林百貨店》

台南市美術館[台湾・台南]

台南でオープンしたばかりの、坂茂による《台南市美術館》を訪れた。コンペで選ばれたものだが、高雄のコンペ(マリタイム・カルチャー・アンド・ポピュラー・ミュージックセンター国際コンペ)と同様、このときも平田晃久の案は2位だった。企画展以外は無料のようで、あちこちから自由に出入りできる空間の特徴がさらに引き出されていた。これまでにはない彼の新しいデザインとも言えるが、内部の巨大なアトリウムから天井を見上げると、なるほど《ポンピドゥ・センター・メス》の発展形として解釈できる。すなわち、形状は異なるが、同じく大屋根の下の箱群という構成だ。また《メス》では、都市の風景を見せるべく3つの直方体が違う方角に配置されていたのに対し、《台南》では閉じたキューブとしつつ、その数を増やして積層させ(展示室の内壁の色も鮮やか)、外を登ることを可能とし、さらに都市に開く。全体としては、ザハ・ハディドによるソウルの《東大門デザインプラザ(DDP)》と同様、都心に出現した人工的な丘のようだ。また日が暮れると、若い子があちこちでたむろしたり、記念撮影し、独特の公共空間を提供することに成功していた。

過激なデザインの《国家歌劇院》によって台中が注目されていたが、負けじと台南の建築も盛り上がっている。ちょうど謝宗哲のキュレーションによる「台南建築トリエンナーレ」が開催されていた。これまでは南方の括りだったのを、今回は台南に絞って実施したという。また新名所として約40年間、廃墟として放置されていた日本統治時代の《林百貨店》が再生された。リノベーションを手がけたのは、あいちトリエンナーレ2013で伏見地下街を担当した打開連合設計事務所である。屋上には空爆の跡も残されており、レトロな感覚をくすぐる空間だ。台南には日本統治時代の建築が数多く残るが、それをうまく生かした仕事である。またMVRDVは、景観の要所で邪魔な存在になっていた李祖原による商業施設を解体しつつも、すべて撤去するのではなく、あえて廃墟状態で残す野心的なオープンスペースのプロジェクトを進行中だった。台南は都市としての魅力に磨きをかけている。

《台南美術館》外観


《台南美術館》内観


《台南美術館》館内のサイン


《台南美術館》展示室


「台南建築トリエンナーレ」


《林百貨店》外観


《林百貨店》屋上

2019/03/18(月)(五十嵐太郎)

ユアサエボシ「プラパゴンの馬」

会期:2019/03/07~2019/03/31

EUKARYOTE[東京都]

「大正生まれの架空の三流画家であるユアサエボシ、今展覧会では2015年に美術出版社から発見された当時の文化人の執筆による原稿資料の公開とともに、1965年に京橋の貸し画廊で行なわれた個展の再現を2Fにて行ないます」という紹介文で始まるプレスリリースを読んで、頭が混乱する。ユアサエボシとは誰なんだ? 作者がユアサエボシか? 何歳なんだ? と思って略歴を見ると……。

1924年生まれ。福沢一郎絵画研究所に入り、エルンストに倣ってコラージュを制作したり、看板屋の仕事をしたり、山下菊二の戦争画の制作助手を務めたり。戦後は進駐軍相手に似顔絵を描き、山下や高山良策らと前衛美術会に参加し、加太こうじから紙芝居の仕事をもらったりしながら渡米、岡田謙三らと交流しつつ作品に使えそうな新聞や雑誌を集めて制作し、京橋の貸し画廊で個展を開く。その後アトリエ兼自宅が全焼し、火傷の後遺症で1987年に没、とある。もちろんこれは架空の画家ユアサエボシの略歴だが、作者はこの画家になりきり、この略歴に則って作品を発表しているのだ。ご丁寧に「ユアサはいつも寝癖が酷く、髪が逆立っていて、烏帽子のようであったことから“エボシ”と呼ばれるようになる。後にユアサエボシを作家名とする」と注釈までつけている。

今回は、1階で戦前のコラージュ作品、2階で貸し画廊の個展に出した紙芝居シリーズを発表、という設定。コラージュはなかなか繊細でエルンストの《百頭女》を彷彿させ、紙芝居は半世紀以上前の懐かしきレトロフューチャーな絵柄。これは惹かれるなあ。気になるのは、作者は自分の描きたいものを描きたいように描いて「ユアサエボシ作」ということにしているのか、それとも、あらかじめ設定した「ユアサエボシ」に自分を当てはめて別人格として描いているのか、ということだ。いずれにせよ作者は二つの人格を生きていることになる。

ぼくが最初にユアサの作品を見たのは、2年前の岡本太郎現代芸術賞展に出していたとき。150枚の瓦にGHQのポートレートを描いた力作だったが、これも略歴にあるとおり戦後の作品ということになる。この略歴が絶妙なのは、ユアサが昭和という時代を丸ごと生きてきたこと、登場する福沢や山下や高山らが戦争(および戦争画)に関係していたこと、展覧会も実在し、ユアサの行動や出来事もいかにもありそうなことだ。これからもこの略歴に沿って制作し、発表していくんだろうか。

2019/03/21(木)(村田真)

竹内公太「盲目の爆弾」

会期:2019/03/08~2019/04/13

SNOW Contemporary[東京都]

第2次大戦末期に日本はアメリカに向けて風船爆弾を飛ばした。といっても、直径10メートルほどの風船につけた爆弾が風に乗って飛んでいくだけなので、どれだけ目標に届いて被害を与えられるかわからない、いわば「盲目の爆弾」だった。実際には9,300発ほど飛ばして相当数が西海岸に着弾し、民間人6人を殺害したという。この計画にどれだけの予算が費やされたのかは知らないが、きわめてコストパフォーマンスの悪い作戦であったことは確かだろう。福島県在住の竹内は、いわき市も放球地のひとつだったことから調査を開始。アメリカの国立公文書館に足を運んで資料を読み、目撃者にインタビューし、実際の着弾点を訪れ、ドローンを飛ばして爆弾が最後に「見た」であろう光景を撮影。今回はそれを編集した映像作品《盲目の爆弾、コウモリの方法》を流している。

だが、風船爆弾の記録を追跡しただけならただのドキュメンタリー映画に過ぎず、わざわざギャラリーで発表することもない。竹内らしいのは、映像の随所に手のひらに目がついた妖怪「手の目」や、目ではなく耳で外界を知るコウモリを登場させていることだ。これは風船爆弾のような「盲滅法」の作戦が、勝算のないまま「手探り」で戦争に突入した日本軍の杜撰な体質に由来することを物語っている。コウモリが登場するのは、風船爆弾から70年以上たって文書を手がかりに目的地にたどり着いたことが、コウモリのエコーロケーションを思い出させるからだそうだ。

2019/03/23(土)(村田真)

2019年04月15日号の
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