2021年09月15日号
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artscapeレビュー

原芳市「光あるうちに」

2011年01月15日号

会期:2010/11/23~2011/12/05

サードディストリクトギャラリー[東京都]

原芳市に『淑女録』(晩聲社、1983年)という写真集がある。サードディストリクトギャラリ─の展示を見て帰ったあとで、ひさびさに本棚から引っぱり出してみた。4×5判の大判カメラで、ストリッパーやSMモデルからOLまで、女性のモデルたちと正面から対峙し続けた渾身の力作である。まだ30代後半の原は、「淑女たちを一人ひとりこちら側に引き寄せて写真にしていくしかない」と思い詰め、「一種病的と思われても仕方のないそうした不思議なエネルギー」を全開にして被写体に向き合っている。
それから30年近くが過ぎ、還暦を過ぎた彼の新作展を見ることができた。肩の力が抜けた、柔らかに6×6判のカメラの前の情景に浸透していくような眼差しのあり方は、かつての原の写真を知る者には物足りなく感じるかもしれない。だが彼の生と写真とが、水に濡れた薄紙一枚でぴったりと貼り合わされているような展示を見ているうちに、「これでいいのではないか」という思いが強く湧き上がってきた。「光あるうちに」というタイトルは、トルストイの小説『光あるうちに光の中を歩め』を思わせるが、原は15年ほど前に知らずにこのタイトルを思いついていた。後になって、古本屋の書棚で文庫本の背文字を見て、「ぼくの問いに対する解答がトルストイに与えられているような衝撃」を感じたのだという。
自問自答をくり返しながら、「光あるうちに」という切迫した思いを抱きつつ写真を撮り続けていく彼の生き方が、ウサギやトンボやカラスや路傍の花のような、まさに光の中で震え揺らめく小さな生きものたちの姿に投影されている。しっとりと味が沁みた煮物のような、いい写真展だった。

2010/12/05(日)(飯沢耕太郎)

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