artscapeレビュー

Chim↑Pom展:ハッピースプリング

2022年03月01日号

会期:2022/02/18~2022/05/29

森美術館[東京都]

Chim↑Pomが森美術館で回顧展を開く、と聞いたときの違和感はなんだろう。「美術館」と「回顧展」はすぐに結びつくが、「Chim↑Pom」と「美術館」、「Chim↑Pom」と「回顧展」が接続しづらいのだ。Chim↑Pomといえば、渋谷に徘徊するネズミを捕まえてピカチュウみたいな剥製にしたり、広島の空に飛行機雲で「ピカッ」と書いたり、岡本太郎の壁画《明日の神話》に福島原発事故の絵を無断で付け加えたりと、お騒がせの芸術確信犯との印象が強い。もっともいま挙げた3つは、17年に及ぶ彼らの活動のなかでは初期の「作品」にすぎないが、しかしその後も、新宿歌舞伎町のビル全体を作品化したり、福島の原発事故による帰還困難区域内での国際展を立ち上げたり、とても美術館には収まらない「ストリート」な活動を続けている。それがいまさら美術館でなにを、とも思うが、まあ新しいもの好きの森美術館だからうなずけないでもない。

Chim↑Pom自身も違和感は承知のうえで、「芸術実行犯を自称するChim↑Pom17年間の全活動を振りかえろうだなんて正気の沙汰とは思えませんが、さすが森美術館というか、それでこそ東京イチの美術館というもの。(中略)とにかく森美術館と共に、歴史的な展覧会を作り上げていければと考えている所存でございます。お楽しみに」と前口上を述べている。しかし最近は「公」について積極的に問いかけるアーティストだけに、私設の森美術館より国公立美術館でやってほしかったという思いもある。確かに新作だとなにをしでかすかわからないから、どこも腰が引けるだろうけど、回顧展だったらできるんじゃないか。もう遅いけどね。 などと考えながら会場に入ると、いきなり天井高6メートルの展示室が上下2層に分けられ、下層は鉄パイプで支えられている。おお、すばらしい導入部。下層では、前述の渋谷のネズミを剥製にした「スーパーラット」や、新宿のビルの床を貫通させた「また明日も観てくれるかな?」、台湾の美術館の内から外までアスファルトで舗装した《道(Street)》など、主に都市や公共空間をテーマにしたプロジェクトを写真、映像、マケットなどで紹介。雑然としたディスプレイが路地裏の空気を醸し出している。階段を上ると、上層は床にアスファルトが敷かれ、ところどころマンホールや通気口があり、下をのぞける仕組み。つまり下層でうごめくわれわれは、地下を這いずり回るネズミかゴキブリみたいな存在だってことに気づくのだ。これは見事。回顧展でありながら、展示構成自体が新作インスタレーションとして成立しているのだ。やっぱりただの回顧展ではない。

実はこの上下2層のインスタレーションは展示全体の序盤で、10あるセクションのうち「都市と公共性」「道」の2つを占めるにすぎない。その後も「Don’t Follow the Wind」「ヒロシマ」「東日本大震災」と興味深いプロジェクトが続くのだが、ここでは割愛。それより、あとで知ったのだが、虎ノ門でも「ミュージアム+アーティスト共同プロジェクトスペース」として、森美術館では展示できなかった作品をいくつか公開しているらしい。「本スペースは、本展実現までのプロセスにおいて、作家と美術館のあいだでさまざまに生じた立場や見解の相違をきっかけとし、多様な観点からの議論を発展的に深めることを目的とした場所です」とのこと。まだ見ていないが、やはり「美術館」や「回顧展」にはすんなりと収まらなかったようで、かなりの攻防が繰り広げられたことが想像される。それで空中分解も妥協もせず、第3の道を探り、発展的に議論を深めていこうとするところが、さすがChim↑Pom。


「Chim↑Pom展:ハッピースプリング」展 会場風景[筆者撮影]


2022/02/17(木)(村田真)

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