artscapeレビュー

美術の眼、考古の眼

2022年03月01日号

会期:2022/01/22~2022/03/06

横浜市歴史博物館[神奈川県]

横浜市歴史博物館というと、なんとなく文化施設の集中する関内にありそうな気がするが、市の中心部からけっこう離れた港北ニュータウン(都筑区)に位置する(関内にあるのは神奈川県立歴史博物館)。なんでこんな郊外につくられたのかというと、新興開発地区で土地が取得しやすかったのかもしれないが、それよりおそらく、隣に弥生時代の大塚・歳勝土遺跡があるというロケーションが大きいだろう。この遺跡では以前アートプロジェクトが行なわれていて、ぼくもその帰りに博物館に立ち寄ったことがある。その歴史博物館で、横浜市出土の縄文土器と現代美術のコラボレーションが行なわれるというから見に行った。

縄文土器と現代美術の組み合わせは唐突に感じられるかもしれないが、例えば弥生土器や鎌倉彫刻などに比べて現代美術との相性がよく、岡本太郎をはじめ縄文に刺激を受けたアーティストは少なくない。それは縄文土器が持つダイナミックな形態や普遍的な渦巻文様が、時代を超えて現代のアーティストにも訴えるからだろう。日本美術史の最古と最新はぐるっと回って、それこそ縄文のようにつながっているのかもしれない。あるいは、縄文から栄養を吸収しようという意味ではウロボロスにたとえるべきか。

出品作家は松山賢、薬王寺太一、間島秀徳、それに縄文人たち。松山は少女像や虫の絵で知られるが、以前から縄文風の渦巻文様を描いたり、野焼きによる土偶もどきも制作してきた。今回は人や獣の身体に渦巻文様を刻んだ「土器怪人」「土器怪獣」シリーズ、それらを絵にした大作《土器怪人怪獣図》などを出品。クマやイノシシやサンショウウオなどを模した小さな土器も多く、売店でも売られている。ホンモノの縄文土器と間違えて買うやつがいるかもしれない。間違えるといえば、薬王寺の土器もホンモノと間違えかねない。薬王寺は南仏で見たメソアメリカの土器や土偶に衝撃を受け、縄文風の土器を制作するようになったという。とはいえ、単なる模倣では意味がないので、土器の形を球体にしたり、現代的な紋様を試みたりしている。それでも本物の縄文土器と並んでいるのを見ると、色も質感もそっくりなので紛らわしい。歴史博物館もこんな冒険をするんだ。

主に水をテーマにする日本画家の間島の作品は、縄文とは直接関係ないが、美術を目指すきっかけになったのが岡本太郎の著書『日本の伝統』(光文社、2005)だと語り、また、八ヶ岳美術館での個展では、村内で出土した縄文土器とともに自作を展示した経験があるということから選ばれたようだ。会場では、間島による長尺の絵巻に松山の土器を載せたコラボも見られるが、引き立て役になっている感は否めない。ホンモノの縄文土器では、高さ40センチほどの阿久和宮腰遺跡出土土器(深鉢)をはじめ、市内で見つかった土器が30点ほど並ぶ。なかには「太陽の塔」によく似た原出口遺跡出土土偶もあって、横浜市にもこんなに縄文人が住んでいたんだと驚く。

さて、考古資料と現代美術を同時に見せる企画展はじつは珍しいものではなく、これまでにも何度かあったし、同展も3年前の「土器怪人土偶怪獣 松山賢展」(津南町農と縄文の体験実習館なじょもん)がきっかけになったと、学芸員の橋口豊氏がカタログに書いている。興味深いのは、それを見た橋口氏が「居心地の悪さに近い違和感を覚え」「この感覚を多くの人と共有できたら面白そうだ」と考えて同展を構想したこと。つまりこの展覧会は、学芸員が調査研究した成果を発表するというより、はしょっていえば「違和感を共有できたら面白そうだ」から始めたものだという。これは目からウロコ。しかも、縄文土器を現代美術として見てもいいし、現代美術を考古資料として見てもいいし、出品作家や学芸員の意図どおりに見ても、無視してもいいと、見方を見る者に丸投げしているのだ。これはもちろん見る者に思考停止を迫るものではなく、逆に自由な思考や想像を促すための仕掛けというべきかもしれない。本来ミュージアムとはそうあるべきだろう。

2022/02/05(土)(村田真)

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