2022年09月15日号
次回10月3日更新予定

artscapeレビュー

酒井一吉|志田塗装─虚実の皮膜

2022年04月01日号

会期:2022/02/19~2022/03/20

アズマテイプロジェクト[神奈川県]

日本におけるペンキ塗装は横浜が発祥の地とされる。1853年、浦賀沖にペリー率いる黒船が来航、翌年再び現われ、横浜に設けられた応接所で日米和親条約が結ばれたのはご存知のとおり。このとき、応接所の壁を塗装する職人を探して、江戸から町田辰五郎が招かれた。辰五郎はいったん塗装したものの仕上がりに満足できず、黒船の乗組員にペンキ塗装の技術を教わり、みごと応接所の塗装を完遂。これが日本の近代塗装の始まりといわれている。以後、辰五郎はその技術を弟子たちに伝え、全国に広まっていった。その弟子のひとり、志田某の末裔が横浜・伊勢佐木町のビルの一室で志田塗装を創業。4年前、すでに閉鎖したその事務所の向かいにアズマテイプロジェクトが入室し、メンバーのひとり酒井一吉が空室となっていた志田塗装の部屋を借りて、今回の個展につながっていく……。

どこまで本当で、どこからウソなのか怪しいが、そんな設定に基づいた展覧会。まず、志田の末裔という人物へのインタビュー映像を見る。この人物によれば、塗装とは新たにペンキを塗るだけでなく、あえて古びたように塗ったり、時代がかった塗装を保存したりすることも重要とのこと。その言葉どおり、会場には建物からひっぺがした古い壁や、グラフィティの書かれた壁の断片、四角く切り取られた壁の跡の写真、日本のペンキ塗装史を彩る資料などが並んでいる。もともと建物自体が古いので、壁面を囲うように白い仮設壁を立て、その上に作品を展示しているが、奥の壁の半分だけ薄汚れた壁が剥き出しになっている。と思ったら、仮設壁の上にススや汚れをつけて、あえて経年劣化したように壁面を描いているのだ。つまり新しい壁に古い壁を上書きしているわけ。「塗装」の概念を覆す塗装といえる。

実は、アズマテイの向かいに「志田塗装」とペンキで書かれたシャッターはあるのだが、大家さんによればそんな会社は存在しなかったというのだ。塗装会社を装った怪しい組織だったのか、それとも単なる塗装として「志田塗装」という字を書いてみたのか。なんともミステリアスな話ではある。したがって志田某が辰五郎の弟子だったというのも、志田の末裔へのインタビュー映像もフィクションであり、ここに並ぶ壁の断片も志田塗装とは関係なく、酒井一吉の「作品」なのだ。だから酒井は壁を切り取るだけでなく、志田塗装をめぐる「虚実の皮膜」をひっぺがしたともいえるし、逆にペンキのように虚実を上塗りしているといってもいい。いやーおもしろい。

でもいちばんソソられたのは、江戸の辰五郎が日米和親条約を機に横浜でペンキ塗装を始めたというエピソードだ。この史実は、その12年後の1866年、江戸に住む高橋由一が横浜に居住していたチャールズ・ワーグマンを訪ねて油絵を学んだ、というエピソードを想起させずにはおかない。ペンキを塗ることも油絵を描くことも同じ「ペインティング」という。日本のペインティングの創始者は由一だと思っていたが、実は町田辰五郎という先駆的ペインターがいたのだ。


志田塗装の公式サイト:https://shida-toso.com

2022/03/20(日)(村田真)

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