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ダミアン・ハースト 桜

2022年04月01日号

会期:2022/03/02~2022/05/23

国立新美術館[東京都]

ダミアン・ハーストの日本初の本格的な個展が「桜」とは、なんてシャレた冗談だろう。ダミアン・ハーストといえば、真っ二つに割った牛のホルマリン漬けあり、薬品を並べただけの棚あり、ダイヤモンドを埋め込んだ骸骨ありのお騒がせアーティストだが、それらをすっ飛ばしていきなり「桜」かよ。唐突にこれだけ見せられても、彼のことを知らない日本人には山下清か塔本シスコの再来かってなもんだ。いや、ダミアン・ハーストを知ってる者にとっても衝撃は大きい。ジェフ・クーンズと同じく作品は他人につくらせることが多かっただけに、本人は絵がヘタなんじゃないかと密かに心配していたが、まさかこんなに稚拙だとは思わなかったからだ。

出品は、2×3メートルほど(最大で549×732センチ)の大画面に桜を描いた油彩画24点。いずれも水色に近い青空を背景に、こげ茶色の幹や枝が伸び、上からピンクや白、赤、青、緑などのドットで覆っている。1点1点ニュアンスを変えてはいるものの、空は青、幹は焦げ茶色、花はピンクという小学生並みの色づかいが陳腐きわまりない。もちろんガキの絵とは違って、ピンクの上から青やこげ茶を置いて地と図を反転させたり、点描派よろしく補色を交互に並べたり、絵具の飛沫や滴りを強調してアクション風味を利かせるなど、絵画的効果を高める努力をしていることは見てとれる。でも逆にそれが計算高く感じられるのも事実。だが幸か不幸か、そうした稚拙さや計算高さによって、このシリーズが職業画家に描かせたものではなく、紛れもなくダミアン・ハースト自身の手になるものであることが証明されるのだ。

もうひとつありがたいのは、見ていて楽しくなること。それはモチーフが桜であること、描き方がプリミティブであることに加え、本人が嬉々として描いていることが伝わってくるからだ。これは大切なことで、たとえば色違いの円を規則正しく並べるだけの「スポット・ペインティング」ではこうはいかない。思うに彼は「スポット・ペインティング」を量産することに飽きて、自分でベタベタ絵具を塗ってみたくなったのではないか。ひとつ提案だが、欧米の美術館がよくやるように、展覧会の会期中パーティー会場として貸し出してはどうだろう。花見気分できっと盛り上がるはずだ。名称はもちろん「桜を見る会」。

2022/03/01(火)(村田真)

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