artscapeレビュー

からだのかたち〈3〉──東大医学解剖学掛図

2022年04月01日号

会期:2021/12/15~2022/03/27

JPタワー学術文化総合ミュージアム インターメディアテク[MODULE][東京都]

ぼくの学生時代、大学の講義といえばスライド写真がよく使われていた。暗い教室でプロジェクターがカシャカシャ鳴る音は、学生にとっては快い子守唄だった(笑)。その後、本や資料の画像を直接スクリーンに投影できるOHP(オーバーヘッドプロジェクター)が普及し、パソコンを使ったパワーポイントが主流になり、いまや自宅で音声も画像も得られるオンライン授業が定着しようとしている。では、スライドの前はなにが使われていたのだろう。昔は画像やグラフを生徒たちにどうやって示していたのか? その答えのひとつが「掛図」というもの。掛軸のようにふだんは丸めておき、使用するとき壁に掛けて広げるやつ。そういえば小学校のころ、先生が使ってたなあ。

同展では、明治初期から東京大学医学部で使われてきた人体解剖の掛図が20点ほど公開されている。いずれも人体の各部位がほぼ墨一色で描かれており、わずかに動脈と静脈を赤と青に塗り分けた図もある。これらは大学が雇った職業画工の手になるもので、ときに近くの東京美術学校の画学生が駆り出されることもあったという。とはいえ、レオナルド・ダ・ヴィンチのように実際に人体の内部を見て描いたのではなく、西洋の図譜類から転写していたらしい。教壇に掲げて多数の学生に見せるため、写実性や細密性は必要なく、余計なものは省略してわかりやすく描いてある。リアリズムではなく、本来の意味でのイラストレーション(明確にすること=図解)なのだ。

何度も開いたり巻いたりしたのだろう、表面にシワが寄ったり折り目ができたりして、使い込まれていることがわかる。いくら優秀な画工や画学生に描いてもらったとしても、主観的な表現は許されず、サインもない。美術品ではなく、あくまで実用品であり、もっといえば消耗品だったのだ。そんなものをよく残しておいてくれたと感心する。ふと思うのは、日本には掛軸の伝統があるから違和感はないけど、外国でも掛図は使われていたんだろうか。

2022/03/10(木)(村田真)

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