artscapeレビュー

特別展アリス─へんてこりん、へんてこりんな世界─

2022年09月15日号

会期:2022/07/16~2022/10/10

森アーツセンターギャラリー[東京都]

アリス好きにとってはたまらない展覧会だろう。「アリスの誕生」「映画になったアリス」「新たなアリス像」「舞台になったアリス」「アリスになる」の5部構成で、ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』(1865)と『鏡の国のアリス』(1871)が、アートとカルチャー・シーンにどのような影響を及ぼしてきたかをたっぷりと見せている。文学、美術、写真、映画、演劇、音楽、ファッションなどにまたがる、そのめくるめく広がりを、あらためて堪能することができた。

特に今回は、キャロルの母国でもあるイギリス・ロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート美術館の企画・構成による展覧会なので、同館のコレクションからも貴重な作品・資料が出品されている。そのことが、とりわけアリス物語の出現の前後を追う「アリスの誕生」のパートに厚みと奥行きを加えていた。

筆者のような写真プロパーにとって特に興味深かったのは、ルイス・キャロルことオックスフォード大学の数学講師、チャールズ・ラトウイッジ・ドジソンが、1860年代から撮影し始めた写真作品が、かなり多数出品されていたことだった。キャロルは、ガラスのネガを使用する湿版写真の技術を身につけ、『不思議の国のアリス』を捧げたアリス・リドゥルをはじめとする、家族ぐるみで親しくしていた少女たちを中心として、生涯に3,000点もの写真を撮影したといわれている。技術的にはかなり高度であり、何よりも、彼の繊細な美意識が画面の隅々にまで反映した写真が多い。今回の出品作にも、多重露光を試みたり、衣装やポーズに工夫を凝らした作品が含まれていた。残念なことに、本展もそうなのだが、写真家としてのルイス・キャロルにスポットを当てた本格的な展覧会は、日本ではまだ実現していない。やはりヴィクトリア・アンド・アルバート美術館が所蔵する、女性写真家の草分け、ジュリア・マーガレット・キャメロン(彼女もアリス・リドゥルを撮影している)など、同時代の写真家たちの作品も含めて、ぜひどこかで「写真家・ルイス・キャロル」展を実現してほしいものだ。


公式サイト:https://alice.exhibit.jp

2022/07/27(水)(飯沢耕太郎)

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