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プレビュー:KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭 2022

2022年09月15日号

会期:2022/10/01~2022/10/23

ロームシアター京都、京都芸術センター、京都芸術劇場 春秋座、THEATRE E9 KYOTO、京都市京セラ美術館、京都中央信用金庫 旧厚生センター ほか[京都府]

13年目を迎えるKYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭(以下KEX)。やっとKEXが戻ってきた! という実感だ。コロナ禍を受け、ここ2年間のフェスティバルでは、海外アーティストの作品は映像上映・オンライン配信などへの変更や公演中止を余儀なくされていたが、2年ぶりに海外アーティストを招聘し、新作や日本初演が並ぶ期待に満ちたプログラムだ。

今回は、「ニューてくてく」をキーワードに、上演プログラムのShowsには11演目がラインナップ。舞台芸術の創作環境や国際交流はもちろん、日常生活に大きな影響を与えた社会的変動の後、「歩くこと」を新たに捉え直すことを目指す。前回のキーワード「もしもし? !」に続き、肩肘の張らない柔軟な姿勢を示しつつ、深い思考の広がりを促すような言葉だ。「てくてく」には、身体的な移動に加え、異なる時間の移動、意識や感情の動き、思考を整理するための散歩、政治的行為としての行進やデモなど多様な含意が込められている。さらに、都市を遊戯的に歩くことで、消費資本主義の空間化や、近代的合理性や有用性に訓育された身体を批評的に脱しようとするドゥボールらシチュアシオニストの「漂流」の実践も位置づけられるだろう。

「歩くこと」を直接的に扱うのは、メルツバウ、バラージ・パンディ、リシャール・ピナス with 志賀理江子によるビジュアルコンサートと、ミーシャ・ラインカウフ。前者では、東日本大震災後に建設された巨大な防波堤を歩き続ける人物を映す志賀の新作映像に、国際コラボレーションによる大音量のノイズ・ミュージックが重ねられる。ミーシャ・ラインカウフは、陸路では越境困難な「国境」を海底を歩くことで横断する行為と、都市空間の地下の巨大インフラに潜って歩く行為を記録した映像作品を展示する。



ミーシャ・ラインカウフ《Fiction of a Non-Entry(入国禁止のフィクション)》
[© Mischa Leinkauf - alexander levy - VG Bild/Kunst]


観客が自ら歩くことで発見や出会いをもたらす参加型の作品が、梅田哲也とティノ・セーガル。梅田のツアー型パフォーマンス作品では、元銀行の建物の構造を活かしたインスタレーションの中で、ガイド役に案内されさまざまな出来事に遭遇する。ティノ・セーガルの作品では、京都市京セラ美術館の日本庭園を舞台に、観客自身について即興的に1対1で歌ってくれる歌い手との出会いが作品体験となる。



ティノ・セーガル 京都市京セラ美術館 日本庭園
[Photo by Koroda Takeru]


イギリス現代演劇のパイオニア、フォースド・エンタテインメントによる2作品は、「タイムトラベル」「クイズショー」の形式を借りて、場に起こるパワーバランス、経済や組織の構造について問いを投げかける。

個人の声や視点から大きな歴史と未来の物語を見つめ直すのが、ジャールナン・パンタチャートとアーザーデ・シャーミーリー。タイの演出家、パンタチャートは、隣国ミャンマーのアーティストや俳優との協働により、大きな物語として共有される歴史と個人的出来事の関係を問い直す。イランの演出家、シャーミーリーは、言論統制されたディストピアとなった2070年を舞台に、個人的な記憶が記録媒体を通してどう再構築されるのかを問う。



アーザーデ・シャーミーリー[© Roberta Cacciagla]


また、ジェンダーの視点から注目したいのが、フロレンティナ・ホルツィンガー、サマラ・ハーシュ、松本奈々子、西本健吾/チーム・チープロの3作品。KEX 2021 SPRINGでの『Apollon』映像上映で大きな衝撃を与えたホルツィンガーは、三部作の最後を飾る『TANZ』においても、全裸の女性パフォーマーが演じる血みどろのバレエのレッスンをスプラッターやポルノと接続させることで、「美」の元に搾取・消費されてきた女性の身体について過激かつポップに問う。サマラ・ハーシュの参加型演劇では、受話器の向こうのティーンエイジャーから投げかけられるセクシュアリティ、老い、死についての疑問に観客が応えることで、大人/子ども、教師/生徒、パフォーマー/観客といったヒエラルキーの解体とともに、世代間の対話を促す。リサーチを元に身体とテクストの関係を探るチーム・チープロは、「接触禁止の下で想像の他者と踊るワルツ」をテーマとした前作からリサーチを発展させ、「月経の再魔術化」をテーマに、女性の身体と相撲の四股を参照した新たな「儀式」を開発する。



フロレンティナ・ホルツィンガー[© Urska Boljkovac]


身体とテクストの拮抗性の探求は、小野彩加・中澤陽のユニット「スペースノットブランク」と気鋭の劇作家・松原俊太郎による、4度目のコラボレーションにも期待できる。舞台上では、松原による戯曲の上演と、リアルタイムでの映画の撮影・上映が同時進行するという。

プログラムの3本柱のひとつで、関西地域をアーティストの視点からリサーチするKansai Studiesでは、建築家ユニット dot architectsと演出家・和田ながらが3年間の集大成を演劇作品として発表する。また、エクスチェンジプログラムSuper Knowledge for the Future [SKF]は、上演作品に関連したワークショップやトークに加え、山歩きツアー、LGBTQ勉強会、沖縄・タイ・ロシアのアートとポリティクスについてのトークシリーズなど多彩なラインナップで構成される。

期待がふくらむ一方、フェスティバルの存続をとりまく経済状況は厳しい。コロナ禍による経済への打撃、京都市の財政難による負担金減額、渡航費の高騰、円安の影響を受け、予算補填のためのクラウドファンディングを初めて実施した。もちろん観劇も支援であるという気持ちで劇場に足を運びたい。


KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭 2022 公式サイト :https://kyoto-ex.jp/

2022/08/30(高嶋慈)

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