artscapeレビュー
小林紀晴展 縄文の庭
2022年09月15日号
会期:2022/07/24~2022/09/04
茅野市美術館[長野県]
デビュー作の『アジアン・ジャパニーズ』(情報センター出版局、1995)がよく知られていることもあり、小林紀晴といえば世界各地を旅して撮影を続けてきた写真家というイメージが強い。だが彼は同時に1990年代後半から、出身地である長野県茅野市を含む諏訪盆地にもカメラを向けてきた。
諏訪盆地はかなり特異な地域といえる。約260万年前、中央構造線と糸魚川静岡構造線(フォッサマグナ)が交わる、その裂け目に諏訪湖が誕生した。諏訪湖の周辺や八ヶ岳山麓には、縄文時代から人が住み始め、黒曜石の矢尻や土偶、土器などが多数出土する。7年に一度の諏訪大社の式年造営御柱祭の時期には、諏訪の住人たちは「山岳民族」と化し、勇壮な木落としの行事に熱狂する。
今回、小林が茅野市美術館で開催した個展には、「遠くから来た舟」(2012) 、「kemonomichi」(2013)、「ring wondering」(2014)など、諏訪盆地の風土とそこに暮らす人々にカメラを向けた連作が並んでいた。だが、より注目すべきなのは、本展に合わせて制作された新作の方だろう。小林は東京工芸大学短期大学部在学中の1986年から御柱祭を撮影するようになった。それらの写真群をデジタル加工して重ね合わせ、さらに父や祖父の時代に撮影された写真も加えることで、時空を超えて複数の祭礼の場面が融合する大作「Onbashira Chronicle」シリーズが生み出されることになる。これまで封印してきたというデジタル技術を使うことで、小林の写真の世界がひと回りスケールの大きなものに変貌していた。
会場の一番奥のパートで上映されていた映像作品「KIYARI-SHU」も興味深い試みである。木遣り歌を伝承する男女が、祭りの衣装を身につけ、山や森や桜の樹を背景としてその一節を朗々と歌い上げる。その場面を繋いだだけの作品だが、彼らの生のあり方、諏訪盆地を包み込む空気感が生々しく、直接的に伝わってくる。小林の映像作家としての可能性を強く感じさせる作品だった。
2022/08/20(土)(飯沢耕太郎)