artscapeレビュー
LIVE+LIGHT In praise of Shadows 「陰翳礼讃」現代の光技術と
2022年09月15日号
会期:2022/08/26~2022/09/25
谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』は、言うまでもなく、建築家やデザイナーらに広く読まれている名随筆である。私も何十年か前に初めて読んで以来、ことあるごとに書棚から文庫を取り出しては目を通してきた。昭和初期、日本家屋に電灯やストーブ、扇風機といった文明の利器がどんどん入り込んできたため、それに対して抱く違和感や嫌悪感についてを全編通して述べた作品だ。当時、日本は近代化すなわち西洋化への過渡期にあり、そうした不協和音は重々にしてあったのだろうと想像に難くない。もともと、日本家屋は奥まで採光が行き届かない造りとなっていたため、日本人はその薄暗さの中で暮らしを営み、いつしか闇に美を見出すようになったというのが谷崎の見解である。
しかし現代の日本の暮らしときたらどうだろう。衣食住の様式がすっかり西洋化したうえ、世界的に見ても最先端の機器やインフラに恵まれた便利な暮らしへと変貌した。そして街も住宅も昼夜問わず、明るさに満ちるようになった。それゆえなのか昭和初期に書かれたこの随筆が、時折、そんな我々の暮らしに疑問を投げかけるように引用されることがある。懐古趣味なのか、それとも温故知新なのか……。
本展も『陰翳礼讃』を題材にした展覧会なのだが、その試みは温故知新に当たるのだろう。「現代の光技術」であるLEDを使い、谷崎がその著述の中で美しいと誉めそやしたシーンを再現したのである。和紙を通して見たろうそくの炎のような灯り、薄明かりの中で映し出される漆器や羊羹、そして暗い家の中でレフ板効果を果たした金屏風など。会場は想像以上に真っ暗闇で、その中でLEDの光が点々と灯っていた。恐る恐るたどり、それぞれに近づいて見てみると、確かに漆器は表情がより浮き上がって見え、羊羹は闇にほぼ溶け込んでいた。羊羹について「あたかも室内の暗黒が一箇の甘い塊になって舌の先で融けるのを感じ」と表現した意図が理解できたのである。
近年、光源としてLEDの精度が上がり、太陽光、月明かり、炎といった自然光の色みに(製品によって多少のばらつきはあるが)、最高値で97%まで近づいたという。これは従来の白熱灯や蛍光灯では成し得なかった色みだ。つまりLED灯を使えば、現代の暮らしでも『陰翳礼讃』の世界を再現できるというわけである。古い日本家屋に住まい、ろうそくを灯して明かりにする暮らしをいまさら我々はできないが、最新技術を使えば、その美しさや豊かさを享受できるかもしれない。そんな可能性を本展では示唆していたのだが、それを実行するにはまず我々が暗がりに慣れることから始めなければならないのだろう。
公式サイト:https://www.brillia-art.com/bag/exhibition/09.html
2022/08/27(土)(杉江あこ)