2022年09月15日号
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artscapeレビュー

橋本貴雄「風をこぐ」

2022年09月15日号

会期:2022/07/26~2022/08/08

ニコンサロン[東京都]

以前、本欄で橋本貴雄の写真集『風をこぐ』(モ*クシュラ、2021)を紹介したことがある。その時にも感じたのだが、12年間を共に過ごした愛犬のフウとの日々を綴ったこの写真シリーズは、ありそうでなかなかない作品なのではないかと思う。むろん飼い犬や飼い猫を撮影した写真はたくさんあるのだが、橋本のアプローチはそれらと微妙に、だが決定的に違っているのではないだろうか。写真集の掲載作を中心に46点を選んで出品した本展を見て、その思いがより強くなった。

ひとつには、被写体であるフウと橋本との距離感ということがある。フウを間近にとらえたカットはほとんどなく、広角気味のレンズでかなり距離を置いて撮影している。そのことによって、犬だけでなく、その周囲の光景、たまたま近くにいた人、ほかの犬などが写り込んでくる。今回の展示には、フウとともに移り住んだベルリンで撮られた写真が多い。それ以前の福岡、大阪、東京の写真と比較しても、橋本の関心が「フウのいる(いた)場面」をしっかりと写しとっておこうという方向に傾いているのではないかと感じた。

もともと交通事故で後ろ脚が不自由だったフウは、ベルリンで犬用の車椅子を装着して歩き回るようになる。おそらく、橋本は遠からぬフウとの別れを強く意識するようになったのではないだろうか。そのために、フウと過ごした日々の記憶、時間の厚みを、どのように写真のなかに取り込むかについて、より注意深い働きかけが必要になってきたことが、写真展の後半部の写真に強くあらわれてきていた。

最後のパートに、フウが亡くなった後、布に包んで車のバックシートに安置し、葬儀場に運ぶ場面の写真がある。フウの片耳と花束がちらりと見える。その後に、フウがまったく写っていないベルリンの光景の写真が5枚くる。これらの写真があることで、見る者にもフウの不在が共感できるように配慮されている。限られた点数しか展示できない写真展をどう構成するかという橋本の意識が、とてもうまく働いた締めくくりだと思う。

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橋本貴雄『風をこぐ』|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2021年12月01日号)

2022/07/30(土)(飯沢耕太郎)

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