artscapeレビュー
フローラとファウナ 動植物誌の東西交流
2023年04月15日号
会期:2023/02/01~2023/05/14
東洋文庫ミュージアム[東京都]
初めて訪れる東洋文庫。西洋の古書と違って東洋の古書にはそれほど惹かれないが、同ミュージアムで東西の動植物図譜を展示していると聞いて行ってみた。エントランスから2階へ上ると、三方の本棚を埋め尽くす数万冊のモリソン文庫が現われる。これは1917年にオーストラリア人のモリソン博士からまとめて購入した書籍という。中身は東アジアに関するものだが、西洋で出版された本なので形式は洋書。革装の背表紙に浮き上がる背バンドの凹凸がたまらない。企画展はその奥の部屋から始まる。
「フローラとファウナ」は、長崎のオランダ商館に勤めながら、日本の動植物図譜を出版したドイツ人の医師シーボルトの来日200年を記念するもの。ちなみにフローラとは植物相、ファウナとは動物相を意味する。いま町田市立国際版画美術館でも西洋の博物図譜を集めた「自然という書物 15~19世紀のナチュラルヒストリー&アート」展が開かれているが、東洋文庫では西洋だけでなく東洋の動植物図譜も含めて紹介し、相互の交流をたどろうという企画だ。
東洋には、自然界のあらゆるものを集めて分類・研究しようという「博物学」はなく、主に薬になる植物などの研究とその利用方法、効能に関する学問「本草学」が中国で生まれ、日本にも伝わってきた。東洋のほうが実用的だったのだ。古いものでは、1~2世紀ごろ成立したとされる中国最古の薬草学書『神農本草経』や、中国の本草書に載っていた薬の名を10世紀に醍醐天皇が和訳させた『本草和名』など、古代・中世に書かれた原著を江戸時代に復元・出版した古書がある。これらは文字情報(漢文)だけで図版がないのが残念。それを補うつもりなのか、各キャプションの上に「健康への飽くなき探求心」とか「千年前の動植物の呼び名がわかります」といった軽いキャッチコピーが踊っている。確かにわかりやすいが、余計なお世話という気がしないでもない。
図版のあるものでは、日本の博物学を代表する本草学者の貝原益軒『大和本草』(1709-1715)から、薬品会(物産会)の出品物をまとめた平賀国倫(源内)編『物類品隲』(1763)、ワニやモルモットなど外国の動物をカラーで描いた『異魚奇獣譜』(江戸時代)、精密な植物図鑑の草分けである牧野富太郎『日本植物志図篇』(1888-1891)まである。でもやはり(牧野の本は別にして)描写の精密さ、質感のリアルさ、色彩の美しさでは西洋の博物誌にはかなわない。
洋書で圧倒的に多いのは、西洋人が著した東洋の動植物図譜。その中心になるのが、来日200年のフィリップ・フランツ・フォン・シーボルトによる『日本動物誌』(1833-50)と、『日本植物誌』(1835-1870)だ。町田でも展示されていたこの2冊は、日本の生物相を西洋に知らしめる役割を果たした。ほかに、シーボルト以前に長崎に来たエンゲルベルト・ケンペル『廻国奇観』(1712)、分類学の父ともいわれるカール・フォン・リンネ『セイロン植物誌』(1748)など、著者の名前は知ってるけど初めて見る書物も少なくない。美しいものでは、鳥類学者にして剥製師のジョン・グールド『アジアの鳥』(1850-1883)、極東まで来て昆虫採集したジョン・ヘンリー・リーチ『中国・日本・朝鮮の蝶類』(1892-1894)などもある。後者のキャッチコピーは「チョウきれい !!」。ダジャレかい。
公式サイト:http://www.toyo-bunko.or.jp/museum/floraandfauna-detail.pdf
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2023/03/31(金)(村田真)