artscapeレビュー

クロッシング

2010年12月01日号

会期:2010/10/30

新宿武蔵野館[東京都]

「メリケンに生まれなくて、ほんとうによかった……!」と心の底から思うことが、アメリカの映画を見ているとよくある。貧困のスパイラルから抜け出そうにも抜け出せず、麻薬とギャンブル、酒、売春、ギャング、不味そうな飯、何よりも銃弾による暴力の応酬。アントワン・フークア監督によるこの映画も、アメリカのどん底を舞台にしながら、それぞれのやり方でなんとかして人生を取り戻そうとしてもがき苦しむ三者三様の人間模様を描いた傑作だ。リチャード・ギアとイーサン・ホーク、ドン・チードルが演じる3人の警官が歪なかたちで交差するクライム・サスペンスの体裁をとりながらも、物語の背後で一貫しているのは幸福を追究する人間の欲望のありよう。定年を機に人生の針路を切り換えるため、愛する家族を守るため、裏切者を許さないため。それぞれの欲望にはそれぞれの正義があり、その先に幸福が待ち受けているはずだったが、その傍らには死と諦念が暗い口を開けて待っている。その穴に落ちないように、それでもなお危うく脆い路を歩んでいくことが人生であることを、この映画は教えている。くたびれた警官にしか見えないリチャード・ギアと、憎たらしい女ボスになりきったエレン・バーキンの演技もすばらしい。

2010/11/01(月)(福住廉)

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