artscapeレビュー

ヘブンズ・ストーリー

2010年12月01日号

会期:2010/10/02~2010/11/05

ユーロスペース[東京都]

映画で重要なのは、そのはじまりと終わりにあると思う。双方がよければ、あいだが多少拙くても、なんとか容認できる。けれども、逆の場合はやっかいだ。せっかく美味い料理を味わったのに、感じの悪い給仕に台無しにされてしまうようなものだ。瀬々敬久監督による本作は4時間半を超える渾身の作品。家族を殺された遺族による犯人への復讐をめぐって綴られる叙事詩のような物語は、全9章からなる長大な構成にもかかわらず、緊張感を失わない映像美も手伝って、いっときも眼を離すことができない。映画とはかくあるべしと想いを新たにするほど、見応えがあるといってもいい。ただし、正直にいって、主人公の少女が犯人に殺害された家族の霊と対面する終盤のシーンには、たいへん興醒めさせられた。休閑期のゲレンデのような山の斜面で遊ぶ子どもたちを映した冒頭の美しいシーンと対応していることはよくわかるのだが、それまで現実的な水準で物語を冷徹に描いていたのに、最後の最後で陳腐な夢物語に回収してしまったからだ。予兆がないわけではなかった。数回にわたって被弾しているのに、なかなかくたばらない銃撃シーンはあまりにも通俗的だし、その銃撃戦で死ぬ間際に男が青空にそびえ立つ鉄塔を見上げるシーンも、霧の中を突き進むバスの中で死者と出会うシーンも、等しく凡庸である。どこでも見たことがなかった映像が、急にどこかで見たような映像に切り替わってしまったわけだ。この落差と落胆は大きい。物語にたびたび頻出する団地を見ていると、「ここはいったいどこなのか?」と思わずにはいられないが、だからこそ団地という記号は、どこでもないがゆえにどこでもありうる物語の汎用性を映画の裏側から保証していた。けれども、どこかで見たような映像はそうした物語の拡がりを逆に狭めてしまう。肝心の味がよいだけに、後味の悪さが際立ってしまって、なんとももったいない。

2010/11/05(金)(福住廉)

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