artscapeレビュー

山口晃 展 いのち丸

2010年12月01日号

会期:2010/10/27~2010/11/27

ミヅマアートギャラリー[東京都]

もうそろそろ山口晃にマンガを描かせてあげたらどうだろうか? 余計なお世話を承知で言えば、思わずそんな独り言をつぶやきたくなるような展観だ。本展では「いのち丸」というキャラクターにもとづいた絵画や映像などが発表されたが、そのように考えたのは、具象的な絵はもちろんのこと、その形式にもマンガへの強い執着心を感じざるをえなかったからだ。冒頭に展示された絵画作品は、その下の壁に墨を垂らしかけたことによって、引き裂いた顔面を描いた絵のなかの流血が絵をはみ出して滴り落ちるように見せていたが、これはいうまでもなくかつて井上雄彦が「最後のマンガ」展で試みた手法である。井上の場合はマンガに依拠しながらもマンガという小さな枠をなんとかして打ち破ろうとする貪欲な意思を感じさせていたが、山口の場合はむしろ美術という高尚な枠からなかなか抜け出せないもどかしさの現われのように見えた。それが証拠に、絵の中身を取り外して木枠だけを展示した作品や、真っ黒に塗りつぶしただけの絵は、「欠如」や「不在」、「痕跡」などのネガティヴな要素によって表現する現代美術特有の禁欲的な(お)作法をあえて踏襲してみせるアイロニカルな構えのようにしか見えなかった。かつて社会を風刺した山口のシニカルな視線は、いまや現代美術という狭い世界で生きる自らに向けられているかのようだ。であればいっそのこと、全力を尽くしてストーリーマンガを描いてもらいたい。へんにアートを意識するのではなく、絵画をコマとして構成し、テキストを遠慮なく盛り込むことに挑戦することが、山口晃にとっての今後の課題となるのではないか。それで大成功を収めるのか、大失敗に終わるのか、それを見極めるのが、ファンの務めだろう。

2010/11/12(金)(福住廉)

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