artscapeレビュー

SYNKのレビュー/プレビュー

視覚の実験室──モホイ=ナジ/イン・モーション

会期:2011/07/20~2011/09/04

京都国立近代美術館[京都府]

視覚芸術において20世紀前半ほど革新的な時代があっただろうか。本展は、美術家、写真家、グラフィック・デザイナー、そして教育者として変革の時代を駆け抜けた、モホイ=ナジ・ラースロー(1895-1946)の全貌を紹介するもの。モホイ=ナジは、1923年から1928年までのあいだにドイツのバウハウスで教育や出版企画に携わっていたことから機能主義デザイン思想家として、または彼自身の作品や人的交流を根拠に20世紀前半の前衛的芸術家として注目されることが多い。だが、彼の活動は特定の主義や様式からではなく、新しい時代(技術)にふさわしい、新しい視覚表現を探す過程として評価されるべきである。今日の私たちにとっては大して新しくもなく、個人的にはそれほど魅力的な作品とも思えないが、その意義を考えるとやはり感無量だ。国内外の美術館はもちろん、遺族所蔵のコレクションまで、未公開作品を含む、300余点が紹介されている。神奈川県立近代美術館に続く巡回展。[金相美]

2011/08/14日(日)(SYNK)

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皇帝の愛したガラス

会期:2011/07/14~2011/09/25

東京都庭園美術館[東京都]

エルミタージュ美術館に収蔵されているヨーロッパ・ガラス工芸の優品190点を展示する。コレクションは15世紀ヴェネツィアの作品から始まり、ボヘミア、イギリス、スペイン、フランス、ロシアなど各地の製品を網羅し、ヨーロッパにおけるガラス工芸の歴史を俯瞰する構成になっている。ヴェネツィアやフランスのガラス工芸を見る機会は多いが、今回の展覧会ではロシア帝室ガラス工場(1777年創設、1792年国有化)の作品を含め、これまで日本では体系的に紹介されることがなかったロシアのガラス芸術を見ることができる。充実したコレクションであり、サントリー美術館の「あこがれのヴェネチア・グラス」展(2011年8月10日~10月10日)と併せて見ると、ヨーロッパにおけるガラス工芸の発展をより深く知ることができると思う。
 実用的な形態をもつ出品作がほとんどのなかで、異彩を放っていたのはガラスのモザイク画である。19世紀初頭のミラノと、1820~30年代にロシアで制作された作品が出品されているが、とくにミラノのものは、油彩画と見間違えるほどの表現を微小なガラス片の組み合わせによってつくりあげた驚異的な作品である。
ロシアの王族や貴族たちは古くからヨーロッパのガラス工芸を収集してきたが、エルミタージュ美術館にガラス工芸が収蔵されるようになったのはようやく19世紀後半になってからのことだ。その後ロシア革命によって貴族たちの旧蔵品がエルミタージュに集められた一方で、新しい作品のコレクションは一時的に停止。ガレやドームなど20世紀初頭におけるガラス工芸のコレクションが充実したのは、1970年代以降のことだという。このような背景を考えると、コレクションは作品が生み出された時代の価値観によってではなく、後代の芸術観を基盤に形成されたと考えてよいのであろうか。
 東京都庭園美術館は、この展覧会のあと建物公開(東京都庭園美術館建物公開「アール・デコの館」、2011年10月6日~10月31日)を経て11月から長期改修工事に入る。旧朝香宮邸を転用したこの美術館は小さな展示室が多く、混雑しているときには作品を見づらいこともあったが、今回のガラス工芸のように展示作品によってはアール・デコ様式の内装が他の美術館にはないすばらしい効果を発揮していた。改修の詳細は未定とのことであるが、リニューアル後も引き続きこの場所で優れた工芸品を見ることができれば嬉しい。[新川徳彦]

2011/08/11(木)(SYNK)

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The Search 2 Feel the Paper

会期:2011/07/11~2011/08/12

見本帖本店[東京都]

花束のためのパッケージ(柿弓子)、山を描き、記録するためのノート(鯉沼恵一)、小さな四角いドットをくり抜いてオリジナルの模様をつくることができるポチ袋(甲田さやか)、紙の破れを楽しむカレンダー(小玉文)、イニシャルの入った紙の小箱(小比類巻蘭)、革細工のような立体感のあるしおり(佐々木未来)、組み立て式の照明器具(下田健斗)、エンボス加工と箔を用いて表現した昆虫がプリントされたレターセット(徳田祐子)、紙の厚みとざらつきを生かし、めくる楽しさを内包した絵本(中村聡)。9人の若手デザイナーたちが、紙、印刷、加工技術を用いて新しい表現を試みる。
 デザイナーの感性を技術や素材によってサポートする試みとしては、凸版印刷のグラフィックトライアルとも似ているが、グラフィックトライアルに参加するデザイナーが第一線で活躍するベテランであるのに対して、こちらは若手デザイナーが対象である。そして、グラフィックトライアルが技術的な制約を超えた新たな可能性を目指しているのに対して、ここでは技術の可能性と制約の双方を知ることに目的があるようだ。制約の最大のものはコストのようで、制作をサポートした技術者のコメントのなかでも、その部分が印象に残った。紙の加工には製品ごとに型が必要であり、複雑なパターンや種類の増加は、そのままコストに反映するのだ。この企画自体にも予算的な制約があったようだが、現実的な商品をつくることを考えれば、コストによる制約は避けて通ることができない問題である。
 チャールズ・イームズは、デザインにおける問題解決にあたって「デザイナーは出来る限り多くの制約を認識する能力を備えるべきだし、それらの制約に喜んで、また熱意をもって当たる」べきであると述べている。すなわち、デザインの評価にとっては、問題解決の程度ばかりではなく、デザイナーが制約にどのように取り組んだのかも重要な要素となる。デザイン展の多くが結果としての作品を見る場であるのに対して、ここでは発想の段階から素材や技術の選択、問題とその解決まで、制作過程のすべてが記録されている。デザイナーにとってはもちろんのこと、制作をサポートする側にとっても、デザインを消費する側にとってもその意義は大きい。[新川徳彦]

2011/08/09(火)(SYNK)

[ジー ジー ジー ジー]グルーヴィジョンズ展

会期:2011/08/04~2011/08/27

ギンザ・グラフィック・ギャラリー[東京都]

重たいガラスの扉を開けて中に入ると、新しいシナベニヤの匂い。白い絵がプリントされたベニヤ板が床に並べられ、周囲の壁にも重ねて立てかけられている。誰もいない。しまった、まだ設営中だったか、とあわてて手元のチラシで日付を確認するとそんなことはない。もう始まっている。ギンザ・グラフィック・ギャラリーの個展は1階が実験的な新作、地階が過去の作品というパターンが通常であり、今回もこれがグルーヴィジョンズの新作だったのだ。1階はたまたま無人だったが、地下に下りると数人の観覧者がいた。
 地下のL字型の展示室の床には部屋の形に合わせたL字型のベニヤの台が設置され、彼らの作品が所狭しと並べられている。チャッピー以外にも、こんな仕事も、あんな仕事もグルーヴィジョンズだったのか。スポットライトの光が当てられたシナベニヤの島に作品が浮かび上がる。壁面にはなにもない。ベニヤの上、黒い太い輪郭線に囲まれた中に、作品や、モーショングラフィックを見せるiPadが配され、ベニヤに直接キャプションが付されている。一見無秩序に並べられているかのようにみえる作品群であるが、その配置は計算されたもの。自他数々の展覧会をディレクションしてきたグルーヴィジョンズ。この展覧会も彼ら自身の企画であり、これまでの仕事を紹介する作品展でありながらも、彼らの世界、彼らの仕事をプロモーションするための優れた新作なのである。[新川徳彦]

2011/08/09(火)(SYNK)

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インディゴ物語──藍が奏でる青い世界

会期:2011/07/14~2011/09/27

神戸ファッション美術館[兵庫県]

神戸ファッション美術館は、海外の美術館に行かなければ見られないような古今東西の服飾史を、日本に居ながらにして辿ることができる貴重な施設だ。ファッション教育というポリシーに基づく常設展示は、美術館の本来の姿をそこに見るようでじつに清々しい。今回の特別展示は、「青」の色をテーマに、同館所蔵品および、現代の藍染め、ジーンズ、中国少数民族の青い衣装等を展示し、服飾文化における「青」の広がりを見出そうとする試みである。
 会場に入ると、京都の現役作家、新道弘之氏による「藍の空間」が立ち現われる。白い布に吹矢で30回ほど藍の染料が吹きつけられ、たゆたうように浮かぶ群青の染み。どこまでも深いその青は、見ているとその深奥に吸い込まれていくかのようだ。続くふたつの部屋では、ステュディオ・ダ・ルチザンの創業者である田垣繁晴氏・小夜子氏のジーンズ・コレクション、そして研究者の柴村惠子氏により寄贈された中国少数民族の衣装コレクションが展示される。世界の服飾文化のふたつの極を象徴するようなコレクションを続けて観る経験は、微妙な色合いに対する人間の意識が、文化によりどのように異なるのかを改めて認識する機会となった。最後の大きな部屋では、所蔵品を中心とした東西のさまざまな時代の衣装が華やかに並び、観客を出迎える。
 本展入口前のスペースでは、神戸ファッション美術館と大阪樟蔭女子大学による「学館協働事業展」も開催されていた。これは、同大学が美術館の所蔵品を借用してその制作方法等を研究し、復元品や型紙をつくる事業である。8年目の今回は19世紀のマドレーヌ・ヴィオネのデイ・ドレスの復元等が行なわれた。詳細な研究報告書とともにレプリカや型紙を見る経験はめったになく、じつに興味深かった。デザイン研究においてファッション研究はもっとも難しい分野とされるが、それだけに、充実した常設とライブラリー、資料室を携えた本館の存在は頼もしい。[橋本啓子]


展示風景

2011/08/07(日)(SYNK)

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