artscapeレビュー
写真に関するレビュー/プレビュー
大塚広幸「身体の在りか」
会期:2020/08/14~2020/08/29
EMON Photo Gallery[東京都]
2005年にスタートしたEMON Photo Galleryは、今回の大塚広幸展で休業することになった。印象深い展覧会が多かったので、とても残念だが、また来年から新たなかたちで活動を再開すると聞いている。
9回目となったエモンアワードでグランプリを受賞した大塚の作品は、素材としてガラスを用いている。ガラスは人類の文明の発祥とともに歩んできた古い歴史を持つ物質であり、透過、反射、屈折といった独特の作用を備えている。大塚は液晶ディスプレイの表面を剥がし、そこに液体シリコンを塗布したガラスを密着させてRGB信号を大判カメラで撮影する。ガラスがフィルターの効果を果たすことで、ディスプレイの画像は奇妙な模様状のパターンとなる。画像そのものはインターネットから抽出されたものだが、赤を中心とした色彩を強調することで、生成・変化する力強いフォルムが生み出されていた。今回の展示では、さらにプリントを自ら制作したガラスフレームに封じ込めた。大塚はガラス職人の技術を学んでいるので、画像と素材とが一体化した彫刻作品として提示されていた。会場のインスタレーションもよく練り上げられており、エモンアワードの最終回にふさわしい、とても完成度の高い展覧会だった。
今回の展示は抽象度の高い作品が多かったが、インターネットの画像の選択をもっと具象的なものにしていけば、また別の見え方のシリーズになるのではないかと思う。さらに続けると、よりダイナミックな展開が期待できそうだ。
関連レビュー
東京綜合写真専門学校学生自主企画卒業展 カミングアパート|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2009年03月15日号)
2020/08/22(土)(飯沢耕太郎)
Ryu Ika展 The Second Seeing
会期:2020/08/18~2020/09/12
ガーディアン・ガーデン[東京都]
中国・内モンゴル出身のRyu Ika(劉怡嘉)の写真を見ると、いつでも「異化効果」という言葉が頭に浮かぶ。異様なエネルギーを発するモノ、ヒト、出来事が衝突し、きしみ声をあげているような彼女の写真のあり方が、まさに「異化効果」そのものに思えてくるのだ。2019年の第21回写真「1_WALL」でのグランプリ受賞を受けての今回の写真展でも、彼女の真骨頂がいかんなく発揮されていた。
会場の半分には、派手な原色のカラープリントが、天井から床までびっしりと張り巡らされている。内モンゴルで撮影された写真が多いようで、奇妙な動作をするヒトの群れに、食べ物、合成繊維の衣服、キッチュな家具などが入り混じり、ひしめき合う様は、視覚的なスペクタクルとして面白いだけでなく、どこか不気味でもある。もうひとつの会場の半分には、大きく出力されたさまざまな顔、顔、顔のプリントが、くしゃくしゃに丸めて積み上げられている。そのあいだに、TVのモニターが置かれ、監視カメラで撮影された会場の様子が流れていた。
とてもよく練り上げられたインスタレーションなのだが、展示を通じてRyu Ikaが言いたかったのは、つねに監視され、コントロールされている現代の社会状況への、強烈な違和感のようだ。会場に掲げられたコメントに、「みている。みられている。みられている側もみられている」とあったが、写真家もまた、視線の権力に加担することを免れえないという痛切な認識が、彼女の写真行為を支えている。中国、日本、そしてフランスなど、いくつかの国を行き来しながら、写真を通じて得た新たな認識を育て上げようとしているRyu Ikaの「異化効果」は、さらにスケールアップしていきそうな予感がある。
関連レビュー
Ryu Ika 写真展「いのちを授けるならば」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2020年02月01日号)
2020/08/13(木)(飯沢耕太郎)
宇山聡範写真展「Ver.」
会期:2020/08/13~2020/08/25
銀座ニコンサロン[東京都]
1976年、大阪出身の宇山聡範は、火山活動によって出現した日本各地の「地獄」と呼ばれる場所を撮影している。火山国の日本では、噴煙が上がったり、地下からマグマが噴出したりするのはよく見られる現象である。それにより、それぞれの場所に赤、黄色、青といった印象的な色彩を持つ岩石や湖沼などの、独特の景観が形成されてきた。宇山は撮影にあたって、実証的な手法で歴史や自然現象にアプローチするのではなく、「それらを視覚的に受けとめ、それぞれの物語性の濃淡や生成された時代の差異を越えて再配置することで、『地獄』とは別の『解釈(ヴァージョン version)』を示し、『場所』の見方に拡がりを持たせようと」試みている。結果的に、そのやり方はうまくいったのではないかと思う。「地獄」という名称に捉われることなく、さまざまな景観をニュートラルな視点で見直すことで、表層的な眺めだけでなく、火山活動という根源的な動因を想像させることに成功しているからだ。
だが、景観を「視覚的に受けとめ」るだけでは、「解釈」の幅が広がって、どうしても場当たり的になってしまう。次の課題は、「物語」を解体した先に、写真によるもうひとつの「物語」を構築することではないだろうか。また、「地獄」という名称が、主に観光事業によって命名されていったように、これらの景観には人間の営み(鉱工業なども含めて)もまた大きく作用しているはずだ。その辺りにも目を配ることで、もう一回り大きなシリーズとして成長していく可能性を感じる。そうなると、写真の選択、見せ方も、現在とは違ったものになっていくのではないかと思う。
なお、本展は会期を短縮して、9月3日〜9日に大阪ニコンサロンに巡回する。
関連レビュー
宇山聡範「Ver.」|高嶋慈:artscapeレビュー(2016年08月15日号)
宇山聡範「after a stay」|小吹隆文:artscapeレビュー(2012年07月01日号)
2020/08/13(木)(飯沢耕太郎)
あしたのひかり 日本の新進作家 vol.17
会期:2020/07/28~2020/09/22
東京都写真美術館2階展示室[東京都]
東京都写真美術館で毎年開催されている「日本の新進作家」は、今回で17回目を迎えた。いつも楽しみにしている企画だが、今年は特に感慨深い。いうまでもなく、コロナ禍で開催が危ぶまれていたからだ。出品作家たちも、この状況下で展覧会を開催するということを意識しつつ、作品を選定、構成したことが充分に伝わってきた。
出品作家は岩根愛、赤鹿麻耶、菱田雄介、原久路&林ナツミ、鈴木麻弓の4人+1組である。東日本大震災で被災した宮城県女川町の実家の写真館から流出し、拾い集められた写真群、遺された実父のレンズで撮影した街の風景などで構成された鈴木麻弓の展示は初めて見たが、あとはこれまでずっとフォローしてきた写真家たちだ。とても嬉しかったのは、彼らがそれぞれ新たな方向に向かう意思を明確に表明した作品を出品していたことだった。
岩根愛は、2020年の春に郡山、一ノ関、北上、遠野、八戸など、東北各地で撮影した桜と祭礼の写真を「あたらしい川」というタイトルで展示している。赤鹿麻耶は、実在するという「氷の国」についての写真、スケッチ、メモ、言葉、音などを混在させて、時空を越えた物語を構築した。菱田雄介は静止画像と動画の中間形というべき「30sec」シリーズを含めて、「border」をテーマに撮影してきた写真群をまとめ直した。新聞記事、TV画面、街のスナップなどを1枚のパネルにおさめた「Corona」からは、「いま」を表現したいという意欲が伝わってきた。原久路&林ナツミは、現在住んでいる大分県別府で、子供から大人へと変貌していく少女たちを撮影した「世界を見つめる」を出品した。
鈴木麻弓も含めて、ポジティブな世界観を表出している作品が多い。それもおそらく、怖れや不安が世界中を覆っているこの時期だからこそではないだろうか。岩根愛は、展示にあわせて写真集『A NEW RIVER』(bookshop M)を刊行したが、ほかの出品者たちの力作もぜひ写真集にまとめてほしい。
関連レビュー
至近距離の宇宙 日本の新進作家 vol.16|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2020年02月01日号)
小さいながらもたしかなこと 日本の新進作家vol.15|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2018年12月15日号)
無垢と経験の写真 日本の新進作家 vol. 14|村田真:artscapeレビュー(2018年02月01日号)
無垢と経験の写真 日本の新進作家 vol. 14|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2018年01月15日号)
総合開館20周年記念 東京・TOKYO 日本の新進作家vol.13|五十嵐太郎:artscapeレビュー(2017年02月15日号)
総合開館20周年記念 東京・TOKYO 日本の新進作家vol.13|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2016年12月15日号)
路上から世界を変えていく 日本の新進作家 vol.12|五十嵐太郎:artscapeレビュー(2014年02月15日号)
日本の新進作家 vol.12 路上から世界を変えていく|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2014年01月15日号)
この世界とわたしのどこか 日本の新進作家 vol.11|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2013年01月15日号)
2020/08/06(木)(飯沢耕太郎)
木邑旭宗「DRIFTERS」
会期:2020/07/25~2020/08/09
コミュニケーションギャラリーふげん社[東京都]
海辺に打ち上げられた漂流物は、写真の被写体としては珍しいものではない。ビーチを歩いていると、プラスチックや発泡スチロールや各種のネットなどの廃棄物がどうしても目についてくるからだ。多くの場合、それらは自然と対比され、現代文明の象徴といったネガティブな意味合いを帯びて描かれることが多い。だが、木邑旭宗(きむら・かつひこ)が、2016〜20年に千葉県・九十九里浜、静岡県・下田、長崎県・壱岐などで撮影し、今回、コミュニケーションギャラリーふげん社で展示した「DRIFTERS」には、環境問題を告発するような視点は感じられない。漂流物たちは、穏やかで広々とした海辺の空間で、気持ちよく自足しているように見えてくる。
木邑は元々、ニューヨークでデザイナーとして仕事をしていた頃から、コニーアイランドやロングビーチの海岸に足を運ぶことに、心の安らぎを覚えていたのだという。今回のシリーズもその延長上にあることは明らかで、結果として、ありそうであまりない海辺の光景の写真シリーズになった。木邑は展覧会のリーフレットに、「私は、海が織りなす自然と人工物のハーモニーを発見すると小さな喜びを感じます」と書いているが、まさにそういう写真だと思う。その「自然と人工物のハーモニー」を、観客もまた木邑とともに味わうことができる。写真展には漂流物以外の作品も何点か出品されていたが、それらの波や海鳥の写真にも、彼の「小さな喜び」が息づいていた。
2020/08/02(日)(飯沢耕太郎)