artscapeレビュー
宇山聡範「Ver.」
2016年08月15日号
会期:2016/07/05~2016/07/16
写真家の宇山聡範はこれまで、ビジネスホテルの室内を細密に写し取った「after a stay」、ビジネスホテルの窓から見える風景を四角い画中画のように切り取った「through a window」といったシリーズにおいて、普段とりたてて凝視されることのない光景を、限定された視点から写真的視覚として置換する試みを行なってきた。「after a stay」では、カーテンの襞やシーツの皺、壁紙の模様や凸凹といった表面の微細な起伏が注視されるとともに、室内空間が幾何学的な構図で切り取られ、写真によって平面性へと還元される。また、「through a window」では、室内の窓から外の風景を切り取るというシンプルな行為のうちに、「写真」への自己言及が何重にも胚胎する。暗い室内に開いた明るい窓によって切り取られた光景は、写真の起源のひとつとしての「カメラ・オブスキュラ」やフレームという視覚的制度への言及であるとともに、手前の桟やガラスに貼られたシールが黒い影として写されることで、レイヤー構造や空間的奥行きの圧縮としての写真が示される。
今回の個展「Ver.」では、火山の噴火などの地殻変動が生み出した地形が撮影されている。室内の光景から、窓越しの風景へと向かった眼差しが、「窓」の外へ出て風景と直接対峙するという導線を描くこともできるだろう。写されているのは、硫黄の噴出の跡が残る荒々しい岩肌や火山湖などだ。だが写真家の視線は、全景を視野に収めて視覚的充足を満たすのでもなく、岩肌のディティールに寄るのでもない。風景に対峙してはいるが、パノラマとして把握できる一望的な風景と、「モノ」として見ようとする視線のあいだで不安定に揺れ動いている(「空」が一切写されていないことも、全体像の把握を妨げる)。
宇山によれば、これらの撮影場所は、「地獄谷」といった架空のイメージや物語を貼り付けて眼差しを向けられてきた。だがそうした物語性は、風景への「解釈(version)」に過ぎず、キャプションの補足がなければ写真に写ることはない。ピントの操作による遠近感の撹乱、距離感の圧縮、平面性への還元・抽象化。物語性の剥奪は、写真的視覚への変換(convert)であり、それは同一性ではなく、つねに異なる場所を占めるもの(variation)として回帰する。
2016/07/16(土)(高嶋慈)