2019年12月01日号
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artscapeレビュー

2013年07月01日号のレビュー/プレビュー

梅佳代 展

会期:2013/04/13~2013/06/23

東京オペラシティ アートギャラリー[東京都]

凡庸な日常生活にひそむ奇跡的な瞬間。それらを目ざとくとらえるセンスとスピードこそ、梅佳代の真骨頂である。
旧作と新作を合わせた300点あまりの写真を集めた本展には、まさしくそのスピード感あるセンスがあふれていた。被写体当人ですら気がついていないミラクルの瞬間には文字どおり笑いを堪えることができないし、それらを発見した梅佳代の無邪気であるがゆえに冷酷な視線を写真の向こう側に想像すると、よりいっそう笑いが募る。大量の写真を一気に展示すると単調になりがちだが、抑揚のある展示構成によって、それを巧みに回避していた点もすばらしい。
しかし梅佳代の写真は、時としてそれらが笑いを狙っているように見えかねないことから、たんなる「おもしろ主義」として退けられることが多い。事実、小中学生を撮影したシリーズには、子どもたちが積極的にレンズの前でおどけているせいか、ひときわその印象が強い。政治的な抵抗も社会的な批評性も欠落させたまま、非生産的な笑いに現を抜かしたところで、そこにいったいどんな意味や思想があるというのか、というわけだ。
だが、こうした物言いに通底しているのは、自らは何もしないまま、その内なる欲望を写真家に一方的に投影する、ある意味で非常に無責任な態度だ。梅佳代の写真にある奇跡的瞬間が被写体と撮影者のあいだで生成しているように、そもそもあらゆる芸術は表現する者とそれらを受け取る者とのあいだのコミュニケーションである。だとすれば、批評の可能性もまた、送り手と受け手のあいだに内在するのであり、それが開花するかどうかは、受け手による積極的な解釈にかかっている。したがって、たとえ「おもしろ主義」であったとしても、そこに面白さ以外の価値を見出したいのであれば、当人がそうすればよいのである。梅佳代の写真に思想が欠落しているわけではない。それらに思想を読み取ろうとする批評的な働きかけが欠落しているのだ。
梅佳代の写真の最も大きな批評性とは、それらが私たちの視線を決定的に塗り替えてしまった点にあると思う。写真を見ながら会場内を歩いていると、監視員の座る椅子の下に用意された防災用のヘルメットでさえ、なにやら梅佳代の写真のなかから飛び出てきたアイテムのように見えてならない。何より本展を見終わった後、私たちは会場の外の日常的な風景のなかに奇跡的な瞬間を探して視線を隈なく走らせている自分に驚くはずだ。今までは不覚にも気が付かなかったけれど、世界にはおもしろい瞬間が満ち溢れているのかもしれない。梅佳代の写真を経験した私たちにとって、世界はそれまでとはまったく異なる風景として立ち現われるのである。
重要なのは、その視線をもってすれば、世界全体を塗り替えることができるかもしれないという可能性である。それを現実化しうるかどうかは問題ではない。そのような可能性のひろがりを肯定的に受け止めることができる実感があるかないか、焦点はその一点に尽きる。「おもしろ主義」として一蹴することは、もはやできまい。

2013/06/05(水)(福住廉)

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住まいをデザインする顔──関西30代の仕事

会期:2013/06/01~2013/06/30

大阪くらしの今昔館[大阪府]

関西に縁のある建築家やプロダクトデザイナー、特に30代の若手の仕事を紹介する展覧会。関西を代表する建築家、木原千利や竹原義二らの選定委員が選んだ20組が紹介されていた。正直なところ他の地域との違いは見受けられなかったが、若いクリエーターたちに披露の場を与えたことにせめてもの意義があるのではないかと思った。[金相美]

2013/06/06(木)(SYNK)

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立原真理子 展 戸とそと

会期:2013/06/03~2013/06/08

藍画廊[東京都]

会場の天井からいくつものアルミサッシがぶら下がっている。近づいてよく見ると、それらはいずれも網戸だった。さらに目を凝らすと、大小さまざまな網戸の網に色のついた糸を縫いこむことで、風景画を描いていることがわかった。とはいえ支持体である網戸の網自体が背景と融け合うほど見えにくく、しかもそこに縫いこまれた糸の線や色面でさえ明瞭ではないため、結果として非常に茫漠とした絵画になっている。あるいは、網戸というフィルターを通過して初めて立ち現われる風景という点に、室内に視点を定めがちな現代人の視線のありようが暗示されているのかもしれない。
いずれにせよ、大きく言えば、ゼロ年代の絵画に顕著な、はかなく、浮遊感のある性質を共有しているのだろう。けれども、立原による絵画がおもしろいのは、それらを既成の絵画という形式にのっとって表現するのではなく、その形式を含めて表現したからだ。絵画を描くには、内容より前に、形式からつくり変える必要があったのだ。
絵画を見ること、あるいは対象を見ること。この時代にふさわしい絵画は、おそらくこの基本的な身ぶりを根本的に再考することから生まれるに違いない。

2013/06/06(木)(福住廉)

藝術学関連学会連合 第8回公開シンポジウム「芸術と記憶」

会期:2013/06/08

国立国際美術館[大阪府]

藝術学関連学会連合第8回公開シンポジウム「芸術と記憶」が国立国際美術館で開催された。「記憶」は諸芸術といかなる関係を結んでいるのかについて、研究者による発表と活発な議論が交わされた。発表の詳細は以下のとおり。香川檀氏は「漂流の前と後──不在者の縁(よすが)としての写真とモノ」、関村誠氏は「ヒロシマの〈顔〉と記憶」、平芳幸浩氏は「現代芸術におけるデジャヴュとジャメヴュ」(*筆者注:「デジャヴュ」=既視感、「ジャメヴュ」=未視感)、村上タカシ氏は「3.11メモリアルプロジェクト(のこすプロジェクト)」、大森正夫氏は「作法としての空間意匠──月待ちの日本美」、桑木野幸司氏は「初期近代西欧の芸術文化における創造的記憶」、沼野雄司氏は「前衛音楽における形式と記憶」、山崎稔惠氏は「服飾における触覚の記憶──『ユルスナールの靴』をめぐって」。いずれも、現代アート(イメージ)と建築デザイン・音楽・服飾など、取り上げられる対象/場と「記憶」のありよう(個人的/集団的/社会的)はさまざまであったが、一般に私たちが想起することの少ない不可視の「記憶」が芸術のなかではたす役割や記憶にかかわる営為について考える貴重な機会であった。そこでは、諸芸術間の相違というよりも、記憶という手がかりを通じて、むしろ統合性を感じられたのが新鮮であった。主催者の「記憶は、過去や回想といった言葉と連想されがちだが、個人や社会に直接取り込まれ、媒体なしに瞬時によみがえる記憶こそが、じつは、現在や未来と、そして芸術の創造と密接につながっている」という言葉は今日にあって示唆的だ。[竹内有子]

2013/06/08(土)(SYNK)

未来を変えるデザイン

会期:2013/05/16~2013/06/11

東京ミッドタウン・デザインハブ[東京都]

「未来を変えるデザイン展」は、さまざまな分野の企業19社が、現在2013年時点での社会の課題と、17年後の2030年における課題解決へのヴィジョンを見せるというプロジェクトである。
 2010年にデザインハブとアクシス・ギャラリーのふたつの会場で「世界を変えるデザイン」と題する展覧会が開催された★1。これは、2007年に米国クーパー・ヒューイット国立デザイン博物館で開催された展覧会、およびその記録である書籍『世界を変えるデザイン』(シンシア・スミス、英治出版、2009)をベースに、途上国におけるさまざまな課題をデザインによって解決しようというプロジェクトを紹介するものであった。しかしながら、残念なことに、そこには日本のプロダクトはほとんど見ることができなかった。もちろん、日本の企業が社会貢献に対して関心がないわけではない。また、社会貢献を意図していなくても、たとえば東日本大震災のときには、企業の持つ流通網やサービスネットワークなどのインフラが物資の輸送や情報伝達に大きな役割をはたしたことは記憶に新しい。本展はそのような事例も含め、対象を日本の企業に限定し、社会が抱える課題を抽出し、その問題の解決に企業がどのように関わりうるかを示そうというもので、企画には「世界を変えるデザイン」の企画スタッフも関わっている。
 興味深かったのは、プロジェクトの見せかたである。本展で紹介されるなかには、すでに実行されつつあるプロジェクトもあれば、机上のものもある。「世界を変えるデザイン展」がデザインされたプロダクトによる問題解決を中心としていたのに対して、本展でいうデザインは、システムの設計、ビジネスモデルというニュアンスが強く、具体的なモノではない。それゆえ、発表の媒体は冊子やウェブサイトでも済んでしまわないこともない。しかし、それではたしてどれだけの人たちがメッセージを共有してくれるだろうか。
 展覧会場には、白く光るアクリルのドームがプロジェクトごとに置かれている。ドームには二つの小さな穴がある。中を覗くと、プロジェクトを抽象的に表わした2種類のミニチュア模型が見える。片方は現在、もう片方は2030年の未来である。これ自体はほとんどなにも語っていない。穴から覗いてみただけではなにが言いたいのかよくわからない。しかし、覗くという行動をうながされると、そこに見えたものがなんなのか知りたくなる。知りたくなるから、パネルのテキストを読む。配布された冊子を読む。そういうしかけなのだ。会期末の会場には若い人たちの姿が目立ち、熱心にメモを取っていたのが印象的であった。[新川徳彦]

★1──「世界を変えるデザイン」展、会場=東京ミッドタウン・デザインハブ(2010年5月15日~6月13日)、アクシス・ギャラリー(2010年5月28日~6月13日)。

2013/06/08(土)(SYNK)

2013年07月01日号の
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