artscapeレビュー
2013年07月01日号のレビュー/プレビュー
プレビュー:鳳が翔く:デザインが導く未来──榮久庵憲司とGKの世界
会期:2013/07/06~2013/09/01
世田谷美術館[東京都]
デザインに関心のない人であれば、榮久庵憲司という名前もGKという会社のことも知らないだろう。しかし、おそらく日本で彼等が生み出したプロダクトに一度も触れたことがない人は皆無に違いない。榮久庵憲司は、東京藝術大学工芸科助教授の小池岩太郎のもとで学んだ仲間とともに、GK(Group of Koike)を結成し、以来60年にわたって日用品からバイク、自動車、鉄道などさまざまな分野の工業デザインを手がけてきた。私たちの生活に身近なプロダクトとしては、キッコーマンの卓上醤油瓶があげられよう。世田谷美術館で開催される展覧会では、これまでに榮久庵憲司とGKグループが手がけてきたプロダクトが紹介されるほか、博覧会や博物館で用いられる情報装置やそのコンテンツ、榮久庵が長年提唱してきた「道具の思想」に基づくインスタレーションが展開されるという。「暮らしと美術と高島屋」展に続いて、生活のなかの美とデザインの世界を美術館という場がどのように見せるか、楽しみである。[新川徳彦]
2013/06/27(木)(SYNK)
山本耀司『服を作る──モードを超えて』
──ファッションデザイナーは、その瞬間のときめきや、まだ言葉にならないけれど「これからはこうあってほしい」という空気や思いを表現する商売です。フランス語でいうところの「ici et maintenant(イシ・エ・マントゥノン)、つまり「ここで、今」が大切だと思っています。だから過去を振り返ることは嫌いです。僕の作った服が博物館のようなところに入るのも(…中略…)展覧会が開かれるときのこそばゆい感じも、過去を振り返るのが嫌なのも、苦しみながら服を作り続けるのも、言い換えれば、今の僕のほうがもっといい仕事ができるんだぞということを、言い続けたいと思っているからです。[『服を作る』、104-105頁]
1980年代、川久保玲とともに、服の既成概念を覆した独特の表現で世界のファッション業界に衝撃を与えた、山本耀司。当時タブーとされていた「黒」を前面に押し出した彼の服は「黒の衝撃」と称され一大旋風を巻き起こした。以後、賛否両論の評価を受けつつも、山本は世界を代表するファッションデザイナーとなっていった。今年70歳になる彼は、いまもなお「ここで、今。苦しみながらも服を作り続けたい」という。本書は、山本がその生い立ちから現在までを語ったもの。また本の後半には山本への100の質問が加えられている。たとえば、好きな食べ物や映画、ファストファッションへの感想、ファッションデザイナーの未来に至るまで、巨匠のプライベートやファッションへの想いを余すところなく見せてくれる。聞き手は読売新聞社の生活部長として長年ファッションなどを担当している宮智泉。ファッションはもちろん、ひとつの頂点を極めた人間、山本耀司の哲学や世界観を知る貴重な一冊となっている。[金相美]
2013/06/30(日)(SYNK)
カトウヨシオ「デザインのココロ」
サントリーのインハウスデザイナーとして、BOSS、なっちゃん、DAKARAなど、ヒット商品のデザインを生み出してきた加藤芳夫氏(サントリー食品インターナショナル・ブランド戦略部シニアスペシャリスト/クリエイティブディレクター/日本パッケージデザイン協会副理事長)は、2012年に国際的パッケージデザインアワード「Pentawards(ペントアワード)」で、日本人として初めて名誉殿堂入りした。これを記念して出版された本書は、商品デザイン、ブランドづくりの原点から、商品と消費者のコミュニケーションのありかた、手がけた製品のコンセプトまでをイラストと言葉で綴る、加藤氏の「デザインのココロ」である★1。
私たちの周りにはさまざまなパッケージがあふれている。本来は機能的な必要からモノは包まれるようになったのであろうが、モノは包まれることでまた別の意味、価値を持ちうる。たとえば、百貨店の包み紙とスーパーの袋と、中身が一緒であったとしても、人々はそこに異なる価値、物語を見出す。商品を包むパッケージは、しばしば商品そのものでもあるのだ。
サントリーの飲料部門のパッケージデザインに対するアプローチは、加藤氏がこれを「商品デザイン」という言葉で呼んでいるように、商品づくりからはじまる。デザイナーは入れものをデザインするのではなく、商品そのものをデザインする。味の設計、商品のネーミング、パッケージのデザインを、ひとつのチームで、ひとつのコンセプトのもとでつくりあげているという。飲用する人、飲用シーンを想定し、コンセプトを定め、商品の企画を方向付ける。アートディレクターとなってからの加藤氏は、あえて自らデザインすることを止め、この方向付け=ディレクションに徹しているのだという★2。方向付けが具体的すぎては、デザイナーはただの下請けになってしまいかねない。解釈の余地があるから、新しい魅力的なものが生まれる。ピーナッツのようなキャラクターによるイラスト(加藤氏の分身だろう)と、優しい言葉で商品づくりのエッセンスを綴った本書は、まさしく加藤芳夫氏のデザインへのアプローチそのものではないかと思う。[新川徳彦]
2013/06/30(日)(SYNK)
大橋可也&ダンサーズ『グラン・ヴァカンス』
会期:2013/07/05~2013/07/07
シアタートラム[東京都]
今月の一推しは、大橋可也&ダンサーズ『グラン・ヴァカンス』(2013年7月5日~7日、シアタートラム)。大橋は、舞踏にルーツをもつ振付家だが、つねに新鮮なアイディアで挑戦し続けてきた野心的な作家だ。今回はSF小説家の飛浩隆作『グラン・ヴァカンス──廃園の天使〈1〉』を原作に、さらに新しい境地に挑む。大橋のダンスの魅力は、ダンサーたちのゾンビ性にある。とくに最近の恵比寿NADiffでの上演は印象的だった。書店の空間に客に混じって徘徊しているダンサーたちが、ある時間になると激しく踊り出す。薄い生地のワンピースに身を纏った女性ダンサーたちは、日常に溶け込みつつも、明らかに常軌を逸した、不安を掻き立てる無表情で踊り、男たちもどこにでもいそうな佇まいでありながら、生々しい暴力性を湛えていた。暗黒舞踏は、エログロナンセンスの60年代らしく、当時、異形として際立った身体を踊らせることをしたわけだが、大橋はそうした歴史的意匠から自由に、現代にふさわしい異形を模索してきた。今作でも、そうした大橋の長年のトライアルが威力を発揮することだろう。大橋のこれまでの活動の集大成となる作品に違いない。必見です。
2013/06/30(日)(木村覚)