artscapeレビュー
2014年04月01日号のレビュー/プレビュー
京都国立博物館 平成知新館 特別公開
会期:2014/03/18
京都国立博物館[京都府]
建築家の谷口吉生が設計した京都国立博物館の新しい平常展示館「平成知新館」が、5年以上に及ぶ工事期間を経てついに完成、報道関係者に公開された。地上4階・地下2階。延べ床面積約1万8,000平方メートルの同館は、各展示室に床免震が施され、天井高約8メートルの広大な吹き抜け空間を有している。また、展示室、展示台、展示ケースにドイツ・グラスバウハーン社製の超高透過・高気密ガラスをふんだんに使用しているのも特徴だ。谷口氏いわく、「京都国立博物館は、三十三間堂、智積院、豊国神社に囲まれ、なおかつフレンチ・ルネサンス様式の本館と隣接する特異な立地であり、周囲の環境と馴染みつつも現代日本にふさわしい建築を目指した」とのこと。具体的には、外観は長い庇とアシンメトリーな形態を持ち、内部には真鍮製の簾や、仏像の光背を意識した真鍮製の壁面を配した箇所もある。表層的な和モダンではなく、日本建築の根源的要素を抽出して現代日本にふさわしい建物をつくることが「平成知新館」のテーマなのであろう。豊田市美術館や丸亀市猪熊弦一郎現代美術館とは一味違う、重厚でシックな谷口建築の誕生だ。注目のオープニング展は、9月13日から始まる「京(みやこ)へのいざない」。国宝50余点、重要文化財110余点を含む約400点の館蔵品を、2期に分けて展覧する。
2014/03/18(火)(小吹隆文)
大きいゴジラ 小さいゴジラ
会期:2014/02/25~2014/03/30
川越市立美術館[埼玉県]
映画『ゴジラ』が公開された1954年は、アメリカによる水爆実験「キャッスル作戦」がマーシャル諸島のビキニ環礁で行なわれ、第五福竜丸を巻き込んで被爆させた年である。その一方、同年は当時中曽根康弘らによって原子力研究開発予算が国会に提出され、読売新聞社主催の「誰でもわかる原子力展」が新宿伊勢丹で催されたように、日本の原子力政策の原点が刻まれた年でもある。ゴジラは被爆と原子力の平和利用という矛盾が凝縮した時代に誕生したのである。
それから60年後。ゴジラをめぐる社会状況が激変したことは言うまでもない。美術家の長沢秀之は映画のゴジラを「大きいゴジラ」としたうえで、東日本大震災によって「小さいゴジラ」が生まれたと設定した。本展は、その「小さいゴジラ」という未見のイメージを、美術家や美大生、小学生らが想像的に造形化した作品を一挙に展示したもの。市民参加やワークショップの体裁を採用しながら、そうした限界芸術の地平から現在進行形の同時代性を獲得した、非常に画期的な展覧会である。
窪田夏穂による《デモンストレーション・ゴジラ》は、9枚の短編マンガ。ゴジラの救出を訴える街頭デモをめぐる人間模様を筆ペンで簡潔に描いた。作画には黒田硫黄の影響が少なからず見受けられるものの、熱を帯びたデモ参加者と、彼らに注がれる冷ややかな視線のギャップの描写が生々しい。ここでのゴジラに「脱原発」が重ねられていることは明らかだが、ゴジラの被り物に身を入れることで初めてデモに参加することができた主人公の身ぶりには、正面切って脱原発を訴えることの難しさと、脱原発運動がゴジラのような求心力のある明確な象徴を依然として持ちえていない難しさという、二重の困難が投影されているように思われた。
《日常のゴジラ(2012年の夏)》で野間祥子と藤田遼子が描いたのは、都市の日常的な光景。一見するとなんの変哲もない街並みだが、よく見ると画面の奥のビル群はいずれも奇妙に歪み、傾いている。大きいゴジラは街を滅茶苦茶に破壊したが、まさしく東日本大震災に端を発する放射能汚染がそうであるように、小さいゴジラの脅威は見えにくいということなのだろう。逃げ出してくる人びとを尻目にスマホをいじる人物像は、知覚しえない脅威に想像力を働かすことのない現代人の肖像なのだ。
小さいゴジラを創出する道筋をつけた本展の意義は大きい。時代を正視することを避けるアーティストが多いなか、この経験はひとつの光明である。
2014/03/18(火)(福住廉)
プレビュー:プライベート・ユートピア ここだけの場所 ブリティッシュ・カウンシル・コレクションにみる英国美術の現在
会期:2014/04/12~2014/05/25
伊丹市立美術館、伊丹市立工芸センター[兵庫県]
英国の公的な国際文化交流機関ブリティッシュ・カウンシルが所蔵する、絵画、写真、映像、立体など約120作品で、英国美術の動向を紹介する。1990年代に一世を風靡したYBA(ヤング・ブリティッシュ・アート)世代のギャリー・ヒューム、サラ・ルーカス、ジェイク・アンド・ディノス・チャップマンら、ターナー賞を受賞したマーティン・クリード、グレイソン・ペリー、サイモン・スターリングなど、28作家・計30名のアーティストが出品。関西初紹介の作家も数多く含まれるということで、1990年代以降の英国現代美術を知る絶好の機会となりそうだ。
2014/03/20(木)(小吹隆文)
プレビュー:KYOTOGRAPHIE 第二回京都国際写真祭2014
会期:2014/04/19~2014/05/11
京都文化博物館別館、京都駅ビル7階東広場、龍谷大学大宮学舎本館、ASPHODEL、誉田屋源兵衛 黒蔵、虎屋京都ギャラリー、無名舎、下鴨神社細殿、嶋臺ギャラリー、有斐斎 弘道館、アンスティチュ・フランセ関西と京都芸術センター、無鄰菴、鍵善寮、村上重ビル[京都府]
京都市内の博物館、ギャラリー、歴史的建築物、現代建築、町家などを舞台に開催される国際写真展。昨年に第1回が行なわれ、その内容が高く評価された。今年は全15会場で9カ国のアーティストたちの展覧会が行なわれる。ジャンルは、ファッション写真、報道写真、記録写真、現代美術、日本の1960~70年代の写真、コロタイプなど実にさまざま。それらを京都ならではのロケーションとともに堪能できるのが、このイベントの魅力だ。また、ワークショップ、レクチャーなどのパブリック・プログラムが毎週行なわれ、サテライト・イベントの「KG+」も同時開催されるなど、23日間の会期中、京都市内一帯が写真の話題で埋め尽くされる。会場は市内各所に点在しているが、市バスの1日乗車券(500円で均一運賃区間内乗り放題)を使えば大丈夫。春の京都観光も兼ねて出かけてみては。
2014/03/20(木)(小吹隆文)
浅井忠の眼──パリの街角を飾ったポスター
会期:2013/12/04~2014/03/30
堂本印象美術館[京都府]
19世紀末ヨーロッパのポスター、いずれも高さ1メートルを超える大きなものばかり、およそ20点による展覧会。カラーリトグラフ特有のレトロでポップな雰囲気が世紀末の享楽と熱狂を伝える。色数5、6色程度、繊細な描写はなく、よく見ると微かな型ズレもみられる。カラーリトグラフは表現としてはけっして豊かとはいえない技術だが、だからこそ構成要素が極限まで集約されて大胆で強い印象を与える。やがてオフセット印刷が普及して、より精緻で複雑な、より早く大量の印刷が可能になるまで、モダニズムの先駆けを華やかに演出した技術である。アール・ヌーヴォー調のロゴタイプが商品名を高らかに謳い、洒落た装いの女性たちが笑ったり踊ったりと躍動し、背景や装飾が魅惑的な異空間を演出する。その多くは演劇や舞踏会、アルコール製品やお菓子のポスターだ。老若男女、パリの街角を行き交う人々を楽しく幸せな夢の世界へと誘ったのだろう。
では、日本の若者たちはこれらのポスターになにを見たのだろうか。浅井忠は、洋画家、図案家として日本近代の黎明期に活躍した人物だ。浅井は1900年から約2年6カ月間フランスに留学し、帰国後は産業デザインの専門教育機関として創立された京都高等工芸学校で指導にあたるほか陶芸家たちとの研究団体、遊陶園に参加するなど教育界や産業界に多大な影響を及ぼした。このころヨーロッパで繁栄を極めたアール・ヌーヴォーをそのまま持ち帰るのではなく、尾形光琳、光悦をはじめ過去の日本画の研究をとおして日本独自の装飾を追求したことで知られる。浅井の導きでヨーロッパと出会った日本の若者たち。彼らの眼には、ポスターに描かれた世界はどのように映ったのだろうか。京都工芸繊維大学では美術工芸資料館を中心に、近年、所蔵資料が次々に一般公開されており当時の教育内容や学生作品などが紹介されている。本展では、浅井忠の眼、そして図案を学んだ若者たちの眼に思いを馳せることができる。[平光睦子]
2014/03/20(木)(SYNK)