artscapeレビュー

2018年07月01日号のレビュー/プレビュー

人体—神秘への挑戦—

会期:2018/03/13~2018/06/17

国立科学博物館[東京都]

NHKが主催に入っているのは、NHKスペシャル「人体 神秘の巨大ネットワーク」を放映していたからだろう。いわばこの番組の実物版。そのせいか平日なのにかなり混雑している。展覧会が「日曜美術館」で紹介されれば入場者は急増するというから、いまだにテレビの力はあなどれない。展示構成は、第1章は「人体理解へのプロローグ」として、ヴェサリウスの解剖図譜『ファブリカ』やレーウェンフックの顕微鏡などにより人体研究の歴史をたどり、2章から循環器系、神経系、消化器系、運動器系などに分けて、動物の標本や人体模型、写真、映像などで「人体の神秘」を紹介している。途中4カ所に、まるで関所のようにレオナルド・ダ・ヴィンチの解剖手稿が展示され、ありがたく拝見する仕組みだ。

へえーっと思ったのは、動物の標本は表に堂々と展示してあるのに、ヒトの心臓とか脳とか臓器の標本は仮設壁の裏に回らないと見られない仕掛けになっていること。隠してるわけじゃないけど、わざと見にくくしているのだ。そのくせヒトの頭蓋骨や骨格標本は堂々と見せている。この違いはなんだろう? 骨はカワキものだから許されて、肉はナマものだから表に出せないのか? それとも臓器提供者への配慮か、あるいは宗教的な問題でもあるのか。でも少し隠すことでかえってスケベ心が刺激されるし、淫靡なイメージを増幅しかねない。いずれにせよ裏に回れば見られるわけで、意図がよくわからない。

2018/05/16(村田真)

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地域のなかのアートな居場所 Aplus×ATLIA

会期:2018/04/07~2018/05/20

川口市立アートギャラリー・アトリア[埼玉県]

川口市内の旧芝園中学校の校舎を共同スタジオとして借りているアーティストたちの作品展。今回は後期の展示で16人出品しているから、全体で30人規模の大所帯だ。ま、そのうち2、3人活躍する人が出てくればいいほうだろう。いまのところ期待が持てるのは、窓ガラスや鏡に風景をプリントする鈴木のぞみと、大理石模様を克明に描く石黒昭くらいか。

こうしたスタジオのシェアやアーティストの支援活動を行っているのが、「アプリュス(A+)」という、アーティストによるNPO。今日は「アートな出会いとその先へ」と題して、アプリュス代表の柳原絵夢とスタジオアーティスト、ゲストとしてBankART代表の池田修らが参加するトークが行われた。柳原氏によれば、こうした活動を始めたきっかけは、予備校で教わった講師がいまや伝説の「スタジオ食堂」にいたからだという(だれだ?)。なるほど、それでアーティストたちに単にスタジオで制作するだけでなく、オープンスタジオやワークショップを通して地元の人たちと交流したり、地域活動に参加することを求めているのか。それに対して池田氏は、アーティストにとって重要なのは作品づくりで、地域活動に引っぱられすぎないようにと助言。これはまったく同意見で、作品をつくるためにスタジオを借りたのに、いつのまにか社会活動家になっていたとしたら本末転倒というものだ。

その後、バスで芝園スタジオを見学。アトリアからはけっこう遠いが、最寄りの蕨駅からすぐなので足の便は悪くない。校舎だったので教室がスタジオとして使えるし、教室ごとに水道もあるので便利。絵画、彫刻、陶芸、木工など入居アーティストのやっていることは多彩だが、窯や工具を貸し借りできるのはこうした共同スタジオの最大の利点だ。横浜より都心に近いのに、家賃はずっと安い。これはいい。

2018/05/19(村田真)

岩佐又兵衛 浄瑠璃物語絵巻

会期:2018/04/27~2018/06/05

MOA美術館[神奈川県]

いちどは行ってみたいと思いながら、なかなか行く機会がなかった美術館のひとつに熱海のMOA美術館がある。とくに昨年、杉本博司と榊田倫之の主宰する新素材研究所が改修工事を手がけてからぜひ行かねばと思い、ようやく実現。駅前からバスで山を登り、エントランスに到着。ここからエスカレータを乗り継ぎ、太平洋を見下ろすテラスを通って美術館に入る。鳴門の大塚国際美術館も似たようなアプローチだが、上昇しながらトンネルをくぐって天にいたると比喩的に捉えれば、むしろ弟子筋に当たるMIHO MUSEUMのイニシエーションに近いかもしれない。いずれにせよMOAのほうが早いけどね。前に来たことがないのでどこまで改修したのかわからないが、外観も内部もとてもすっきりしていて思ったよりきれいだ。全面的に改修したのだろうか。

いま特別展示しているのは岩佐又兵衛の《浄瑠璃物語絵巻》。これは「義経説話の一つで、奥州へ下る牛若と三河矢矧の長者の娘浄瑠璃との恋愛譚を中心に、中世末期には浄瑠璃節として、盲目の法師によって盛んに語られていた」物語だという。ぜんぜん知らなかったが、ひとつわかったのは「浄瑠璃」がこの女性の名に由来することだ。とにかくその絵巻全12巻を公開しているのだが、瞠目すべきは物語よりなにより、登場人物の着ける衣装や寝室の調度などが極彩色の高価な顔料で濃密に描き込まれていること。このディテールに対する情熱はなんだろう。MOAはほかにも又兵衛の《山中常磐物語絵巻》を所有しており、そちらのほうも義経伝説に基づく物語で、義経の母の常盤御前が山中の盗賊に惨殺されたり、それを義経が仇討ちしたりする話だが、首が飛んだり胴体が輪切りになったり凄惨な殺戮シーンが見ものなのだ。ほんとはこちらを見たかったのだが、昨年リニューアル後に公開されたばかりなので、しばらく見られないだろう。

2018/05/20(村田真)

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岡村桂三郎展―異境へ

会期:2018/04/21~2018/06/24

平塚市美術館[神奈川県]

熱海から「岡村桂三郎展」の開かれている平塚へ。岡村の作品は毎春コバヤシ画廊で開かれる個展を何度か見たくらいで、こうしてまとめて見るのは初めて。会場に入ると、まず80-90年代の初期作品が並ぶ。最初の作品は東京藝大の大学院を修了した1985年の《肉を喰うライオンA》で、このころから動物をモチーフにしていたことがわかる。これが導入部で、次に魚や幻獣などを描いた高さ2メートル少々の板パネルが迷路状に並んでおり、そのあいだを通っていくと、高さ3メートルを超す屏風状の大作に囲まれる。これらがここ10年余りのうちに描かれた作品群であり、画廊サイズに合わせて制作されたシリーズをいったん解体し、再構成したものだ。だから1点1点を絵画としてみるより、全体でひとつのインスタレーションとして見るべきだろう。

照明が暗く、画面もほとんどモノクロームなので、そこに彫られた(ここでは「描く」と「彫る」がほぼ同じ)目や動物の輪郭は把握できるものの、それがなんであるかはよくわからない。わからないのも当然で、迦楼羅とか龍とか百鬼とか実在しない怪物が多い上、身体がはみ出して画面に全体が収まっていないからだ。いわゆる群盲象をなでる感覚。それで思い出したが、長沢蘆雪の《白象黒牛図屛風》にどこか似ている。ともあれこの入魂のインスタレーション、「動物画」とか「日本画」みたいな狭い枠で語られることがないよう祈るばかりだ。

2018/05/20(村田真)

21世紀の美術 タグチ・アートコレクション展 アンディ・ウォーホルから奈良美智まで

会期:2018/04/21~2018/06/17

平塚市美術館[神奈川県]

ついでに入った展覧会だが、おもしろい作品がいくつかあった。まず入口脇の壁に掛けられていた淺井裕介の泥絵。高さ7メートルはあろうかという大きな布に土で絵を描いた作品だが、ふだんどうやって保存しているのか、土は落ちないのか心配になる。ジョナサン・モンクの《アフター・スプラッシュ》は青いプールと家を描いたものだが、これはホックニーの有名な《ビガー・スプラッシュ》を知らないとわからない。ホックニーは水しぶきの上がるプールを描いたが、モンクは飛沫を消しているのだ。今津景の《サルダナパールの死》も似たような発想で、ドラクロワの同題の物語画の現代版で、人物や馬が去った後の散乱した室内を描いたもの。これは見事。

ヴィック・ムニーズの《デルフトの眺望(裏面)》は、フェルメールの《デルフト眺望》というタブローの裏側を見せた作品。もちろんニセモノだが、ムニーズはこのために綿密に調査して裏側を正確に再現したという。青山悟の《About Painting 2014-2015》は小さな刺繍で再現した名画を、縦軸の「ラディカル―コンサバティブ」、横軸の「パーソナル―ソーシャル」という座標に当てはめていった作品。ここに挙げた作品は淺井を除いて、すべて美術史を主題にしたり名画をいじったものばかり。ぼくの好みもあるが、外の世界に目を向けるより美術内に宝物が隠されているという認識は、ポストモダン時代ならではの見方だろう。

2018/05/20(村田真)

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2018年07月01日号の
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