2020年08月01日号
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artscapeレビュー

2019年12月15日号のレビュー/プレビュー

VISIONEN -ドイツ同時代演劇リーディング・シリーズVol. 9 『HOMOHALAL(ホモハラル)』

会期:2019/11/23~2019/11/24

FLAG STUDIO[大阪府]

現代社会をテーマにしたドイツ語圏の劇作家の戯曲をリーディング公演で紹介する、「ドイツ同時代演劇リーディング・シリーズ」。9回目は、シリア出身のクルド人劇作家、イブラヒム・アミールによる『HOMOHALAL(ホモハラル)』(2017)。エイチエムピー・シアターカンパニーの俳優、髙安美帆の演出により、日本人の俳優によって上演された。アミール自身、シリアの大学で演劇を学ぶも、クルド人学生運動への参加を理由に退学処分となり、ウィーンに渡った経歴をもつ。本作は、劇場や支援機関と協同し、難民たちと対話する演劇ワークショップをもとに執筆された。

舞台は、難民受け入れ問題で揺れた2017年から20年後の、2037年のドイツという仮想の未来。当時、難民の庇護権を求めて共闘していた若者たちは、親世代となり、仲間の1人の葬式で久しぶりに再会する。シリア、イラク、パキスタンなど出自の異なる彼らは、ドイツ社会に馴染み、市民権も得て、恋に落ちて難民どうし結婚した者もいるなど、穏やかに暮らしている。だが、ゲイである息子を父親は受け入れることができず、夫婦や友人間の亀裂といった日常的な諍いから会話は次第に綻びや対立の相を見せ、社会に完全に溶け込めない疎外感、異文化間の軋轢、ヨーロッパ社会の偽善や自己満足に対する糾弾、同化吸収=文化的なルーツの喪失への批判といった「剥き出しの本音」が噴出し、「安全のためには自由を制限すべきだ」と叫ぶ者の演説で幕を閉じる。タイトルは「ホモ」と「ハラル」(イスラムの教えで「許されている」を意味するアラビア語)を掛け合わせた造語だが、「ホモ」には、「ホモセクシャル」(ひいては何らかのマイノリティ性を持つこと)と「同質性」(社会のマジョリティに同化吸収しようとする圧力)という二つの意味が引き裂かれながら内包されている。



撮影:岸本昌也


本上演はリーディングだが、「演出」の要素が強く打ち出されていた。そこには、「ヨーロッパにおける難民問題」という主題が、「日本で日本人俳優が日本語で演じる」上演において、演出的な介入を必要とせざるを得なかったという力学が浮かび上がる。とりわけ肝となるのが、冒頭のシーンだ。登場した俳優は、自分自身の名前を(繰り返し)名乗りつつ、シリアから地中海をボートで渡る危険な航海を経てウィーンに辿り着いた経験を語る。そして、今や難民がプロの俳優に取って代わり、自身の体験の「悲惨さ」「非人道性」を語ることが引っ張りだこであるという、ヨーロッパ演劇界の「政治的正しさ」に対して強烈な揶揄を繰り出す。初演では、この冒頭のパートは、実際の難民が本名を名乗って登場/出演した。だが、「難民」が不可視化され、「単一民族」神話の浸透した日本という上演の文脈において、「ヨーロッパの観客」向けの強烈な批判をどう俎上に載せるのか? という難問が立ちはだかる。戯曲に書かれた内容を、日本人俳優がそのまま「難民役」として演じた場合、演劇の「約束事」に吸収され、無害化・無効化されてしまう。ドイツ語から日本語へ、という言語間の翻訳とは別に、「文脈の翻訳」の作業が必要となるのだ。本上演では、このパートを、別のマイノリティ性を持った俳優に発話させるという置換の作法により、マイノリティ性・異質性を担保してみせた。



撮影:岸本昌也


また、もうひとつの仕掛けとして、「演じる役のポートレート」が描かれたパネルの効果的な使用がある。1人の俳優が2~3役を演じ分ける際の視覚的なわかりやすさに加えて、難民を「固有の顔貌を持った個人」として顕在化させる機能を持つ。同時に、仮面としての「役柄」の提示は、日本人の俳優/中東出身の(元)難民というズレや乖離を常に意識させ続ける装置としても機能する。



撮影:岸本昌也


ラストシーンでは、それまでずっと「妻」「母」の立場で発話していた者が、「安全のためには自由を制限すべきだ」「誰かがドアを押さえないといけない」と語り出し、モノローグは激しさを増す演説へと変貌していく。そこでは鬱屈の噴出というよりも語る主体自体が曖昧化し、「保守主義の権化」が実体化してしゃべっているようにも見える。彼女を取り巻く他の俳優たちは、ポートレートの描かれたパネルを裏返し、裏面の「白紙」をプラカード/バリケードのように掲げる。それは、全体主義的な社会への同化吸収によって、個人の顔貌が消されて匿名化していく事態の暗示とも、排他主義的な演説に抗議して止めさせようとしている身振りとも取れ、極めて両義的だ。

ドイツの同時代戯曲の紹介という意義、「難民」「共生社会」というテーマに加え、「ヨーロッパにおける難民問題、劇場文化への批判」をどう日本での上演に接続させるかという困難な問題に関しても問いを投げかける上演だった。

2019/11/24(日)(高嶋慈)

ぼくと わたしの みんなの tupera tupera 絵本の世界展

会期:2019/11/23~2019/12/25

美術館「えき」KYOTO[京都府]

擬人化されたパンダの親子がパンダ専用銭湯へ行く話を描いた絵本『パンダ銭湯』。本展でこの絵本を初めて知り、衝撃を受けた。白黒模様のはずのパンダが、銭湯の脱衣所で黒い服のパーツを次々と脱ぎ、白いパンダになっていく。極めつけは、チャ!とサングラスを外すシーン。目の周りの黒模様は、実はサングラスだったというわけだ。親子が洗い場でシャンプーをすると、耳の黒模様もきれいに洗い流される。そして湯船に気持ち良さそうに浸かると、「あたらしい しいくいんさん みたか?」といった会話を隣のパンダと交わす。かわいいはずのパンダがやけにシュールでおかしい。

『パンダ銭湯』(絵本館、2013)[©tupera tupera]

亀山達矢と中川敦子によるtupera tupera(ツペラツペラ)は、絵本をはじめ、イラストレーション、雑貨、アートディレクションなどで活躍する人気ユニットだ。私がtupera tupera を知ったのは、彼らのデビュー絵本『木がずらり』と『魚がすいすい』だった。この2冊はどちらかというと、ストーリーよりもビジュアルを重視したおしゃれなインテリア絵本という要素が強い。私の印象もそこで止まっていたのだが、その後、彼らは独創性豊かな絵本を次々と発表していた。結成15周年を超えたtupera tuperaの活動を紹介した本展で、いくつもの展示と絵本を観ていくうちに、彼らは想像力というより空想力豊かな人たちであることを感じた。頭のなかでどんどんふくらむ空想を楽しんで、それを絵本という媒体に落とし込んでいるのだ。

なかでも『パンダ銭湯』は人気作らしい。本展では銭湯の一部の実物大模型が展示されていて、来場者はパンダになった気分で(?)銭湯の脱衣所に侵入し、湯船に入って写真を撮ることができた。そもそも絵本は空想の世界が描かれることが多いが、『パンダ銭湯』をはじめ、tupera tuperaが描く絵本はこの空想の世界がシュールで毒が効いていることが多い。例えば絵本『へび のみこんだ なに のみこんだ?』では、大きな蛇が何らかの欲望や理由で子どもたちやライオンなどを次から次へと飲み込んでいく。しまいには「光がほしくなったから」との理由で太陽を飲み込んでしまう。しかし飲み込んだ後は光で輝くどころか、あたりが真っ暗になるのである。それはそうだ、お腹の中に太陽を入れてしまったのだから。この結末にはややゾッとした。まるで太陽のようなエネルギーを手に入れたいばかりに、原子力発電を生み出し、同時に大きな問題を抱えてしまった人間にも喩えらえたからだ。かわいいビジュアルで見る者を惹きつけつつ、パンチを効かせる。彼らのこの手腕には参った。

展示風景 美術館「えき」KYOTO パンダ銭湯再現コーナー


公式サイト:http://kyoto.wjr-isetan.co.jp/museum/exhibition_1913.html

2019/11/28(木)(杉江あこ)

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TAKUMI CRAFT CONNECTION -KYOTO by LEXUS NEW TAKUMI PROJECT

会期:2019/11/29~2019/12/01

京都新聞ビル地下1階、平安神宮 額殿、両足院(建仁寺 山内)[京都府]

「匠」がいま熱い。本展を観て、新たなムーブメントの兆しを感じた。そもそも本展は、レクサスが主催する「LEXUS NEW TAKUMI PROJECT」から派生した展覧会である。LEXUS NEW TAKUMI PROJECTとは、47都道府県の若き匠(伝統工芸職人、工芸作家、デザイナーら)を応援するプロジェクトだ。スーパーバイザーの小山薫堂をはじめ、ジャーナリストやプロデューサーらがメンターとなり、一人ひとりの匠と向き合い、彼らのものづくりをサポートしてきた。2016年度から開始され、毎年約50人の匠が選出されてきたので、2018年度で約150人もの匠が出揃ったわけである。その3年間の集大成として開かれたのが本展だ。実は私の夫である下川一哉がメンターのひとりであり、また私自身も同プロジェクトの関連書籍を執筆してきたので、半分、関係者ではある。だから多少のひいき目はあるかもしれない。とはいえ3日間の開催で合計約1万人以上の来場者を動員したと聞くので、本展がいかに盛況だったかがわかるだろう。

展示風景 両足院(建仁寺 山内)

本展は三つの会場で構成された。ひとつは両足院(建仁寺 山内)で開催された「KYOTO connection」。これは同寺の副住職である伊藤東凌がキュレーターを務め、京都在住のアーティストや建築家、茶人ら5人と匠5人とがコラボレーションした五つのインスタレーションである。もうひとつは「JAPAN connection」で、これは同プロジェクトで発表した約150人の匠の作品が一堂に集まった展示である。会場は京都新聞ビル地下1階で、かつて新聞を印刷する輪転機が回っていた場所だ。会場設計を手掛けたのは、建築家の隈研吾である。床、壁、天井の躯体や配管などがゴツゴツとむき出しになった奥に長い空間を生かし、陳列棚が整然と設えられた。全体に薄暗く、微かにインクの匂いすら漂う独特の空気のなかで、同プロジェクトが始まって以来、初めて一般に向けて匠の作品がお披露目されたのである。

展示風景 京都新聞ビル地下1階

残るひとつは「CREATORS connection」で、これは隈をはじめ、ファッション、プロダクト、建築の第一線で活躍するデザイナー5人と匠6人とがコラボレーションした六つの展示である。会場は平安神宮 額殿で、ここの会場設計も隈が手掛けた。いずれもデザインの力で匠の優れた技を引き出しジャンプアップさせた作品で、いま世界の潮流である「ファインクラフト」にも匹敵するレベルの高さを感じた。ちなみに約150人の匠同士の仲が非常に良く、結束力が強いのも、本プロジェクトの特徴である。私が何か熱いものを感じずにいられない要因は、きっと彼らの熱情や鋭気だ。それらがムーブメントの核となっているし、それらがある限り、日本の工芸は捨てたものではないと思う。

展示風景 平安神宮 額殿


公式サイト:https://lexus.jp/brand/new-takumi/craft-connection-kyoto/

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つなぐ日本のモノづくり 〜51 Stories of NEW TAKUMI〜|杉江あこ(2018年11月1日号artscapeレビュー)

2019/11/28(木)(杉江あこ)

目[mé]「非常にはっきりとわからない」

会期:2019/11/02~2019/12/28

千葉市美術館[千葉県]

いつもはビルの8階に受付があるのだが、今回は1階のさや堂ホールに受付をしつらえ、7、8階の展示室に上がる仕組み。さや堂ホールは工事中みたいに半透明のシートで覆われ、中央に置かれた教壇のような台の上には布に包まれた彫像らしきものが2体置かれ、手前に椅子を並べている。んー、なんか怪しげだ。

まず8階に上がってみた。展示室にはところどころ目の作品や美術館のコレクションが飾られているが、一部にはシートが掛けられ、脚立や仮設壁が無造作に置かれ、あろうことかスタッフが道具を持って行ったり来たり、仮動壁をあっちこっち動かしたりしているではないか。展示し終わった作品を見せるのではなく、作品の搬入(搬出)プロセスを見せる「ワーク・イン・プログレス」のインスタレーションだろうか。などと思いながら7階に下りてみると……、あれ? と思ってもういちど8階に上がって確認し、また下りて、を何度か繰り返すことになる。ぼくだけじゃなく、みんなそうして自分の「目」を疑っていた。

まだ会期もあるのでネタバレしないように詳しくは書かないが、これは7、8階の展示室の特殊な構造に着目したインスタレーションであり、もし展示室の構造が違っていたらこの発想は生まれなかった展覧会だ。だとするなら、この展覧会は目のほうから美術館にアプローチしたのだろうか、それとも美術館が目にオファーしてから展示室に着目したのだろうか。いずれにせよここまでやりきるのは見事というほかない。しかもインスタレーションだけなら単なるトリックアートになりかねないところを、スタッフがあれこれ動かすパフォーマンスを加えることで時間軸を掻き乱し、複雑性を増している。

そもそも美術の根源は「物真似」にある、とぼくは思っている。目の前にあるものでもないものでも、ホンモノそっくりに描き出すこと。これが絵画の出発点だ。不思議なことに人間は、そうした物真似=ニセモノを喜び、ときにホンモノ以上に重宝したりする。こうしたホンモノとニセモノとのせめぎ合いを、目は楽しみながら作品化し、また見る者を驚かせようとする。美術の出発点が物真似遊びにあるとするなら、目はまさに美術の原点に戻って遊んでいるのだ。あれ? ネタバレしちゃった? 帰りに美術館の隣の更地を見ると、鉄パイプの足場が組まれ、仮囲いには「千葉市立美術館拡張整備工事」の看板が貼られていた。ひょっとして、これも目の仕業? 館名もわざと間違えた?

2019/11/30(土)(村田真)

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チェ・ジョンファ個展 花ひらく森

会期:2019/11/15~2020/02/24

GYRE GALLERY[東京都]

チェ・ジョンファといえば、チープなプラスチック製品をブランクーシよろしく垂直に積み上げたり、蛍光カラーのハリボテの花や動物を街角に設置したり、日本でも作品をしばしば見かける韓国のアーティスト。今年の六本木アートナイトではメインアーティストとして、六本木の夜を極彩色に彩ってくれたのが記憶に新しい。

チープな素材とポップな色彩がトレードマークだが、今回はそんな予想を覆す意外な素材も使っている。たとえば、工芸品と見まがう年代物の洗濯板、角の丸くなった発泡スチロールの浮子、さまざまな色とかたちのボルト、使い古した鍋・やかん、工事で使用済みの鉄筋など、およそチープ、ポップからほど遠い質実剛健な素材ばかり……と書いて、いま気がついた。これらは年季が入って民芸化しているように見えるけど、本を正せばチープでポップなものばかりじゃないか。彼はなんでもいいからたくさん集めているわけではなく、素材を周到に選りすぐっているのだ。ぱっと見変わったように見えるけど、そして古いものに目を向けた点で作家として老成したように装いつつ、実はなにも変わってないよと舌を出しているのかもしれない。

2019/11/30(土)(村田真)

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2019年12月15日号の
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