2020年02月01日号
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artscapeレビュー

2019年12月15日号のレビュー/プレビュー

オープンしなけん2019 vol.2

会期:2019/11/30

東京都品川区内の各地、大崎第一区民集会所(クロージングトークのみ)[東京都]

和田菜穂子らの東京建築アクセスポイントの企画により、品川区の建物公開を1日限りで行なうオープンしなけんのイヴェントに参加した。2019年の3月に始まり、今回で2回目だという。

ひとつは早朝、住宅街にたつ土浦亀城邸(1935)を見学した。考えてみると、学生の時以来なので、四半世紀以上ぶりの再訪となる。同じ住宅をこれだけ間をおいて再び足を運んだのは初めてかもしれない。やはり、だいぶ痛んでいるが、垂直方向に旋回していく空間の展開は十分に堪能できる。ミース・ファン・デル・ローエによるブルノの豪邸トゥーゲンハット邸(1930)と比べると、全然小さい建築だが、複雑な立体構成では決して引けをとらない。すなわち、狭い敷地内で展開される洗練されたデザインに、日本モダニズムの真骨頂を感じる。

もうひとつは、御殿山トラストシティの背後にひっそりとたつ磯崎新の茶室「有時庵(うじあん)」である(壁で隔てられているが、原美術館のすぐ近く)。外観は円と方形を組み合わせた磯崎らしい観念的な形態操作が目立つが、内部の空間は官能的なデザインだった。磯崎の両極のような特徴が、小さい茶室ゆえに凝縮して共存しているのが興味深い。



磯崎新が設計した茶室「有時庵」の外観。円と方形を組み合わせた観念的なデザイン。


「有時庵」の内部。茶道具を納める水屋の様子。


「有時庵」の内部。チタニウムの壁面が醸し出す官能的な空間デザイン。


「有時庵」の内部。貴人口から床の間を見た景色。

夕方からは、クロージングトーク「建築をひらく」のゲストとして登壇した。磯達雄、倉方俊輔の両氏からは、見学した建築の振り返りと同時に、イケフェス大阪の状況が語られた。また若原一貴からは、品川区の建物を悉皆調査し、様々な発見があったことも付け加えられた。

こうした建物公開は、ロンドンやシカゴなど世界各地で行なわれているが、筆者のレクチャーでは、日本のアートイヴェントを通じた建物公開や「open! architecture(オープン・アーキテクチャー)」の試みを取り上げた。前者では、主に筆者が芸術監督をつとめたあいちトリエンナーレ2013において、出品する建築家の住宅を公開したり、愛知県の建築ガイドを作成したことなどを報告した。そして後者では、建築史家の斉藤理が2008年から開始した「open! architecture」が、ときには音楽鑑賞などのプログラムを組み合わせていたことを紹介した。現在、公式サイト(http://open-a.org/)を見る限り、「open! architecture」の活動は停止中のようだが、その意志を継いださまざまな建物公開のイヴェントが日本各地で増えているのは頼もしい。

公式サイト:https://shinaken.jp/

2019/11/30(土)(五十嵐太郎)

マル秘展 めったに見られないデザイナー達の原画

会期:2019/11/22~2020/03/08

21_21 DESIGN SIGHTギャラリー1&2[東京都]

なかなか面白い展覧会だった。日本デザインコミッティーに所属する26人のデザイナーや建築家、木工作家、デザイン評論家らメンバーが、スケッチや図面、模型などの「原画」を公開する企画なのである。「原画」と呼んでいるが、なかにはメモや走り書き程度のものまである。もし私が彼らの立場だったら、きっと恥ずかしくて公開できないだろう。手書きの原稿はないが、取材ノートなんてものは人様に見せられたものではない。しかしそれをやってくれているのである、第一線で活躍するデザイナーらが!

展示風景 21_21 DESIGN SIGHTギャラリー2[撮影:吉村昌也]

例えば建築家の内藤廣は非常に興味深いメモを展示していた。赤ペンで鬼の顔が描かれ、その顔の真ん中に点線が縦に引かれていて、右側と左側にそれぞれ8項目くらいの言葉が並んでいる。右側に「夢想型」と書かれていたら、対する左側には「現実型」と書かれているなど、対義語の応酬である。また円形三つを重ねた図やフローチャートなど、いわゆるマインドマップが多い。これらの展示を眺めていると、まるで内藤の思考のなかを旅しているような気分になる。一方、グラフィックデザイナーの佐藤卓は自身の過去の手帳を展示していた。ほぼ毎日1時間〜30分単位のスケジュールを非常に細かい字で丁寧に書き込んでいて驚いた。佐藤の几帳面さが伝わる。またいくつかのロゴが生まれるまでの手書きの試作もあり、完成版を知っているだけに、まるでデザインが生まれる瞬間に立ち会ったような気分にもなる。グラフィックデザイナーの原研哉は本当に原画?と思うような端正なスケッチを何枚も発表していて、原の完璧主義な性格をうかがえた。建築家の隈研吾のコーナーには建築模型もたくさんあったが、何より目を見張ったのはいろいろな紙に書かれた手書きの文章である。著書の原稿なのか、もしくは自分の思考を整理するための文章なのか……。

内藤廣 メモ

隈研吾 展示風景[撮影:吉村昌也]

このように人によって「原画」のあり方がさまざまで大変興味深かった。そこには性格もにじみ出る。やはり第一線で活躍するほどのデザイナーらは、つねに手を動かし、何かに書き留めて思考しているのだ。この姿勢を私も見習うべきだと痛感した。もうひとつ良いと思ったのは、展覧会特設サイトでメンバーのインタビュー音声を聞ける点だ。聞き手は展覧会ディレクターを務めたデザインエンジニアの田川欣哉と日本デザインコミッティーのメンバーのひとりであるアーティストの鈴木康広。26人のなかでもっとも若手の二人が心和むインタビューを繰り広げる。「原画」で手の内を見せられ、インタビューで生の声を聞くと、第一線で活躍するデザイナーらであっても、急に身近な人に感じられるから不思議だ。彼らも生身の人間なのである。


公式サイト:
http://www.2121designsight.jp/program/inspiration/
http://designcommittee.jp/maruhi/

2019/11/30(土)(杉江あこ)

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山本浩貴『現代美術史──欧米、日本、トランスナショナル』

発行所:中央公論新社

発行日:2019/10/17

ここ数ヶ月のあいだ、書店や美術館のショップで、本書が平積みにされている光景を幾度となく目にした。その理由は言うまでもなく、山本浩貴(1986-)による本書が、日本語によるはじめての本格的な「現代美術史」の入門書として広く受け入れられているからだろう。過去にも現代美術の入門書を謳う書物は数多く存在したが、新書サイズで国内外の現代美術「史」を通覧しようとした日本語の書物は、本書がはじめてと言ってよいはずである。

とはいえ、著者も早々にことわっているように、限られた紙幅で包括的な「現代美術史」を書くことには大きな困難が伴う。そこで本書が選択したのは、「芸術と社会」というテーマをその中心に据えることであった。本書は1960年代を「現代美術史」の出発点に定めるが、序章でその「前史」として紹介される戦中・戦後の芸術運動は、「アーツ・アンド・クラフツ」「民芸」「ダダ」「マヴォ」の四つである。この選択は、専門家や美術愛好家を含む多くの読者にとって、かなり大胆なものと映るのではないか。だが、芸術をひとつの社会実践としてとらえる本書の立場からすれば、現代美術の「前史」は、いわゆる近代美術(モダン・アート)の名作の数々などではなく、これら四つの芸術運動にほかならないということなのだろう。

第一部の「欧米編」で取り上げられる60年代から80年代の芸術は、ランド・アート、インスティテューショナル・クリティーク、ハプニング、フルクサス、ヨーゼフ・ボイス、シチュアシオニスト・インターナショナルである。これもいくぶん大胆な選択であると思われるが、その後に来る90年代以降の美術がリレーショナル・アート、ソーシャリー・エンゲージド・アート、コミュニティ・アートであることに鑑みれば、この選択も首肯できるものだろう。第二部の「日本編」はさらに大胆で、九州派、万博破壊共闘派、美術家共闘会議といった、従来の歴史記述では周縁に置かれがちな活動が中心に据えられている。これもまた、その後で論じられる90年代以降の美術がアート・プロジェクトや3・11以降のアートであることから、遡行的になされた選択であることは明らかだろう。

印象的なのは、第一部と第二部では、個々の作家や芸術運動に対する論評が、いずれもごく控えめなものにとどまっている点だ。おそらく意識的な選択として、著者はすでに専門的な研究のある各トピックについてはあらためて詳述することを避け、運動の周辺にいた人物や後世の研究者をはじめとする、固有名のネットワークを浮かび上がらせることに専心しているように見える。そのため記述がいささか平板に流れているきらいもあるが、限られた紙幅で、意欲的な読者のさらなる探求を促そうとする配慮を、ここには見て取ることができる。

第三部の「トランスナショナルな美術史」では、それまでの第一部、第二部とは打って変わって、戦後ブリティッシュ・ブラック・アートと、東アジアの現代美術におけるポストコロニアリズムについてのまとまった分析がなされる。欧米と日本の現代美術史を通覧する前二部とは異なり、この第三部では「国家」単位ではない、国家横断的な現代美術史の可能性が示唆される。この前者から後者への流れに、アンバランスな印象を抱く読者もいるかもしれない。しかしおそらく著者の意図は、従来の慣習的な「美術史」の作法にある程度まで倣いつつ(第一部、第二部)、昨今の「グローバル・スタンダード」としての世界美術史へと読者の目をむけさせることにあるのではないだろうか(第三部)。終章の「美術と戦争」も含め、本書後半の詳細な記述からは、新書という体裁に応じた「入門書」であることを超えた、そのような野心を読み取ることができる。

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2019/12/09(月)(星野太)

松本卓也『創造と狂気の歴史──プラトンからドゥルーズまで』

発行所:講談社

発行日:2019/03/13

これまで、『人はみな妄想する』『享楽社会論』を始めとする著書を世に送り出してきた松本卓也(1983-)が今年上梓したのが、本書『創造と狂気の歴史』である。すでに刊行から半年以上が経過しているが、本書の読者層は意外に美術に関心を寄せる人々と重なっていないのではないかと思い、年内最後のこの機会に当欄で取り上げることにした。

著者が勤務する京都大学での講義をもとにした本書は、語り口こそ平易であるものの、その射程はきわめて遠大であるといってよい。西洋の思想を「創造と狂気」という観点から捉え、古代ギリシアのプラトン、アリストテレスから、20世紀フランスのデリダ、ドゥルーズまでの2500年におよぶ長大な歴史が辿られる。これだけでもそのスケールの大きさはうかがい知れるだろうが、これほど長大なスパンに及ぶ書物であるにもかかわらず、クロノロジカルに進む各章の緊張感がまるで失われていないことは、加えて特筆に値する。おそらくその理由は、第1章で提示されるひとつの前提が、本書を強力に牽引しているからだ。すなわちその前提とは、近代において「創造と狂気」の関係を問うてきた病跡学という学問が、狂気のなかでも統合失調症のなかに優れた創造を見いだしてきた、という事実である。はるか過去のプラトンやアリストテレスに始まる本書の思想史的作業も、病跡学の言説を支配する「統合失調症中心主義」(23頁)がいったいいかなる条件のもとに成立したのか、という問いをめぐって進められるのだ。

本書前半では、古代ギリシアにおける「ダイモーン」および「メランコリー」、キリスト教世界における「怠惰」の否定的なイメージとその転換、さらにはデカルトやカントが排除しようとした「狂気」の内実が、それぞれ手際よく整理されていく。だが、議論が佳境に入るのは、やはり本書の主役であるヘルダーリンの登場後にあたる後半部だろう。ヤスパースはほかならぬヘルダーリンを念頭におきながら、統合失調症者においては、一時的にせよ「形而上学的な深淵が啓示される」と論じた。いっぽうハイデガーは、ヘルダーリンから大きな影響を受けながら、「詩の否定神学」(218頁)とでも呼ぶべき思索にいたった。そのハイデガーを経て、ラカンやラプランシュといったフランスの精神分析家により、この「否定神学」的図式が20世紀にいかに構造化されてきたのかが、本書ではきわめて説得的な仕方で論じられる。さらにそれにはとどまらず、前述のような「病跡学」的な見方の問題点を突くアルトー、デリダの議論を経由して、最終的にはドゥルーズの文学論のなかに、データベースとアルゴリズムに依拠し、偶然と賭けを肯定する「ポスト統合失調症」的な文学観が見いだされる。

以上のような専門的な内容を含みながらも、前述のように大学での講義をもとに書き下ろされた本書の説明は、終始丁寧なものである。最終章に登場する草間彌生と横尾忠則の対比をはじめ、全体の議論に挟まれる個々のケース・スタディもきわめて興味深い。他方、これはあくまで評者の印象だが、一般的に美術に関心を寄せる人々のあいだでは、そもそも本書において「統合失調症中心主義」や「悲劇主義的パラダイム」と結びつけられる従来の病跡学についての認識すら、ほとんど共有されていないように思われる。そのような人たちに対する病跡学への入門書としても、本書は好適な一冊である。

hontoウェブサイト

2019/12/09(月)(星野太)

カタログ&ブックス | 2019年12月15日号[近刊編]

展覧会カタログ、アートやデザインにまつわる近刊書籍をアートスケープ編集部が紹介します。
※hontoサイトで販売中の書籍は、紹介文末尾の[hontoウェブサイト]からhontoへリンクされます





日本国憲法

編者:松本弦人
発行:TAC株式会社 出版事業部(TAC出版)
発行日:2019年11月30日
定価:1,700円(税抜)
サイズ:A5判変型、224ページ

令和版『日本国憲法』、満を持して登場!
103の条文とすごい美術69作品で、憲法を味わう。
憲法×アートによる、あたらしいタイプの「日本国憲法」の本。

美術、漫画、写真、映画、──、
戦後日本を代表する錚々たる芸術作品とともに、「日本国憲法」を読み直す画期的な書籍です。
総ルビ、注釈つき本文、英文併記。

バンクシー アート・テロリスト

著者:毛利嘉孝
発行:光文社
発行日:2019年12月17日(予定)
定価:980円(税抜)
サイズ:新書、328ページ

ロンドンを中心に世界各地に出没し、痛烈な社会的メッセージを残していくストリートアーティスト、バンクシー。多くの謎に包まれている覆面アーティストの全体像に迫る入門書の決定版。

コミュニケーション資本主義と〈コモン〉の探求 ポスト・ヒューマン時代のメディア論

編者:伊藤守
発行:東京大学出版会
発行日:2019年9月19日
定価:5,000円(税抜)
サイズ:A5版、296ページ

情動化する(ポスト)メディアとすべてを市場化する新自由主義によってあらゆる事象は覆い尽くされた。コミュニケーション資本主義が全面展開した制御=管理型社会において、変貌を遂げる生権力によって窒息しかけ、放逐されつつある私たちの〈生〉のあり方の実相を浮かび上がらせる。「コミュニケーション資本主義」を冠した初の論集。

森山大道写真集成(3)写真よさようなら

著者:森山大道
発行:月曜社
発行日:2019年12月9日
定価:7,500円(税抜)
サイズ:A4判変型、328ページ

伝説的名作の復活(初版1972年写真評論社、2006年パワーショベル、2012年講談社)。中平卓馬との対談全文掲載。「あのころのぼくは、写真に対する過剰な想念の海で溺れる寸前だった。そして、やっとの思いで泳ぎ着いた彼岸が、この写真集だった。写真というものを、果ての果てまで連れて行って無化したかった」(森山大道)。
デザイン:町口覚

フレームの外へ 現代映画のメディア批判

著者:赤坂太輔
発行:森話社
発行日:2019年11月29日
定価:2,900円(税抜)
サイズ:四六判、304ページ

あらゆる画面が我々を囲み、新たな「自然」となりつつある現在。文字情報に奉仕する映像と音に操られてしまわないために、我々はこの環境といかにして向き合うべきか。
フレームの「内」と「外」、画面と音声の関係を軸に、ロッセリーニ、ブレッソン、ゴダール、ストローブ=ユイレ、さらにアメリカや日本の戦後映画をたどり、ロシア、南米、中東などの先鋭的な映画作家まで、「フレームの外へ」と分析の眼差しを向ける、ポスト・トゥルース時代の現代映画論。

22世紀の荒川修作+マドリン・ギンズ 天命反転する経験と身体

編著者:三村尚彦、門林岳史
発行:フィルムアート社
発行日:2019年12月25日
定価:3,200円(税抜)
サイズ:A5判、320ページ

死すべき存在でありながら、生命を消滅させないという矛盾を荒川+ギンズはどのように乗り越えようとしたのか。
人間の運命に戦いを仕掛け、運命を根底から覆す「天命反転」を企てた、今なお/今こそ現在進行形というべき荒川+ギンズの思想と実践を、身体論を軸として、哲学、建築、美術、心理学、教育学などさまざまな専門分野から再検討する。それとともに荒川+ギンズ関連の展覧会、パフォーマンスなどの近年のプロジェクトを包括的に紹介する。

REAR43号 「風景断片」「コレクション再考」

編集・発行:リア制作室
発行日:2019年10月31日
定価:600円(税抜)
サイズ:A5版、112ページ

現代における芸術の批評・ドキュメントを掲載し、中部・東海地域の作家や展覧会に見られる独自の視点を捕捉することに重きをおいた芸術批評誌『REAR』の最新刊。特集は「風景断片」、第2特集は「コレクション再考」。櫃田伸也のインタビューや、北川智昭、中村史子などの批評を収録。

ART PROJECT KOBE 2019: TRANS- 公式カタログ

編集:林寿美、鮫島さやか、芦田彩葵、久保優梨子
アートディレクション&デザイン:鈴木大義
発行:TRANS-KOBE実行委員会事務局
発行日:2019年11月9日
定価:2,000円(税抜)
サイズ:A4版、96ページ

2019年9月14日〜11月10日に神戸で開催されたアート・プロジェクト「TRANS- 」の公式カタログ。グレゴール・シュナイダー《美術館の終焉ー12の道行き》の展示風景や制作風景、やなぎみわ野外巡礼劇『日輪の翼』公演風景のほか、テキストなどを収録。限定200部。





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2019/12/15(artscape編集部)

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