2020年06月01日号
次回6月15日更新予定

artscapeレビュー

2020年05月15日号のレビュー/プレビュー

Emergency Call

会期:2020/04/30~緊急事態宣言解除まで

美術家の大岩雄典が企画した、「電話で聴く」という異色の展覧会。展覧会ウェブサイトに記載された番号に電話をかけ、計45分25秒の「展示」を鑑賞することができる。会期は4月30日から、日本国内の緊急事態宣言が解除されるまで。参加者は、大岩をはじめ、アーティスト、音楽家、歌人や俳人、SF作家、建築家、そしてラジオ体操第一が流れるなどバラエティに富んでいる。

本展の意義は、展示発表の場の代替案だけにとどまらない。コロナ禍を受けて支援金やDVなど各種緊急支援・相談の電話窓口が開設されている状況下で、「アートもまた、緊急時に(こそ)必要とされている」というメッセージ自体を発することに、まずもってその意義がある。また、電話番号の下に記載された「自分が安全だと思う時間・場所でお電話ください」という文言は、「これは『本当の』緊急コール先ではないですよ」というジョークの反面、「今、『安全』な場所はどこにあるのだろうか?『安全』とは何を指すのだろうか?」というシニカルな問いを発する。

「参加作家自身が電話に直接出るわけではない」とわかっていても、電話をかける際に緊張感が走る。通話がつながると冒頭の自動音声案内に続き、ウェブサイトの記載順にそれぞれの「作品」が流れる。ノイズや音楽、時事性を盛り込んだ詩歌の朗読。ラジオ放送のDJ風の「お便り紹介」、ラジオ体操第一、戦前のラジオ英語講座を「再現」した3作品は、電話よりも「ラジオを聴く体験」に近い。肉声もあれば、人工音声もあり、SFのショートストーリーでは、「惑星統合管理委員会」から地球人類に向けて発せられる、「言語の執行権限を強制的に剥奪する」という警告が、「宇宙からの電波」という体裁で人工音声によって語られる。一方、「もしもし?」で始まり、「親しい相手への電話」の体裁をとった親密な語りもある。肉声/人工音声に加え、ラジオ放送/(未知の存在からの)電波の受信/(親しい人への)電話というように、公共性/親密性の振れ幅と、「『声』を聴く、『声』で聴く」さまざまなシチュエーションが提示される。

最も切実さを持つのが、イタリア在住の俳優、大道寺梨乃からの「電話」である。今これを話している4月中旬、一ヵ月以上家にいること。幼い娘と散歩はしていたが、家から出たくなくなり、「外国人で小さな娘の母親」としてふるまうことの期待に疲れたという心境。イタリア人の夫の家族の感染や居住区の封鎖。「電話」に割り込む娘の声がリアルだ。「近しい人にメッセージを送りたい」という彼女の声と、電話というメディアが内包する「遠さ・距離」の乖離が露わに迫ってくる。


また、本展は、内容面とは別に、「展覧会の構造設計」を通して、鑑賞行為を「拘束性と不自由さ」から捉え直す視座を開く。「オンライン上で(聴きたい)作品を(好きな順で)クリックして聴く」手軽で消費的な体験とは異なり、あえてアナログな電話回線を用意したこと(そのアナログ感は、「ラジオ性」の高い作品によってより増大する。「ラジオ」もまた、災害時・緊急時と親和性が高いメディアだ)。「電話で聴く」鑑賞体験は、リニア・単線的であり、(「つまらない」と思っても)スキップや一旦停止ができず、一度電話を切ると、もう一回かけ直して最初から聴く必要がある。鑑賞者は、「45分25秒」というそれなりに長い時間の束縛と、ひたすら傾聴する受動的態度に徹することを強いられる。それは、「長い映像作品を途中で飛ばす」といった(とりわけ映像展や国際展では常態化した)振る舞いを反省的に自覚させ、消費的態度に異議を唱えつつ、「展示装置」が有するある種の強制力や拘束性についても自己言及的に開示している。

[編集部注] ラジオ体操第一の部分は5月11日に取り下げられ、再構成されている。


公式サイト: https://euskeoiwa.com/2020emergencycall/

2020/04/30(木)(高嶋慈)

アルベール・カミュ『ペスト』

訳者: 宮崎嶺雄
発行所:新潮社
発行日:1969/10/30

フランスの文豪、アルベール・カミュの『ペスト』が、ここ最近、急にベストセラーとなり話題を呼んでいる。4月頭、私も御多分に洩れず新潮文庫を購入し、その奥付を見て驚いた。昭和44年に発行後、平成に一度だけ64刷改刷をするに留まっていたにもかかわらず、令和2年3月30日に87刷である。新型コロナウイルスが猛威を振るうこの非常事態にこそ、疫病を描いた物語を改めて読み、同時体験として共感と教訓を得たいという心理なのか。

通読してみて、やはり想像どおり、物語と現在の状況とがよく似ていて震えた。舞台はカミュの生まれ故郷であるアルジェリアの港町オラン。ひとりの医師の目と、彼の友人が残した手帳の観察記録を通して、物語は淡々と進んでいく。ネズミの死体発見から始まり、ペストが人々を徐々に襲って病や死に至らせると、町がついに封鎖されてしまう。その町の中で、医師と交流のあるさまざま立場の人たちの行動や心理がつぶさに描かれていく。この災禍を「みずからペストの日々を生きた人々の思い出のなかでは、そのすさまじい日々は、炎々と燃え盛る残忍な猛火のようなものとしてではなく、むしろその通り過ぎる道のすべてのものを踏みつぶして行く、はてしない足踏みのようなものとして描かれるのである。」とカミュは描写する。そう、現在、私たちが直面しているこの非常事態宣言下もまるで「足踏み」のようではないか。

本書は「不条理の哲学」と評されている。疫病や戦争、貧困などの不条理な状況下に置かれたとき、結局、人々が取る行動や心理は、昔もいまもあまり変わらないことが切々と伝わる。そもそも本書が発表されたのは1947年。第二次世界大戦直後だったことから、当時のフランス人にはまだ記憶に新しい戦争体験と重なったようだ。しかし当時と現在とでは、大きく異なる点がある。それは現代には進んだテクノロジーがあるということだ。当然ながら医療が進化している一方、世界中の都市がロックダウンしても、我々にはインターネットという強い武器がある。物語のなかでは封鎖された町の人々が引き離された家族や恋人と連絡を取る方法は電報しかなかったが、現代にはビデオ通話がある。学校には通えないが、オンライン授業が試み始められている。会社に通勤せずともリモートワークが実践されている。買い物もネット通販が盛んだ。インターネットだけではない。休業を余儀なくされた企業や人々の間では、新しい仕事への可能性を柔軟に探ろうとする動きがあり、また同時に新しい生活スタイルも築かれつつある。「Withコロナ」や「Afterコロナ」という言葉が生まれているように、このコロナ禍をきっかけとして、いま、社会の大きな価値転倒が起ころうとしているのかもしれない。そう考えると、疫病は人間社会を荒療治するために不意にやって来る“神”のような存在にも思えてくるのだ。疫病神とはよく言ったものである。

2020/04/30(木)(杉江あこ)

ポカリスエットCM「ポカリNEO合唱」篇

クライアント:大塚製薬
企画制作:電通・なかよしデザインスプーン


非常事態宣言が発令されてから1カ月以上が経った。長引くコロナ禍で、テレビ放送のあり方も変わった。ニュースやワイドショーなどでは出演者がリモート出演するのが当たり前になり、多くのロケやドラマが撮影中止や延期となったため、過去の番組を再放送する動きが盛んである。では、テレビCMはどうか。海外旅行に行く。家族で行楽地に出かける。友人たちと飲み会を開く。そうしたいままで当たり前にできていたことができない非常事態である。企業はどんな方法で商品やサービスを訴求すればいいのか。いま、新たなコミュニケーションデザインが問われている。

こうした状況下で、ひと際目を引くテレビCMが4月から流れ始めた。大塚製薬「ポカリスエット」のCMである。ひとりの可憐な女子高校生が、自分の部屋でスマホの自撮り画面に向かって歌を歌い始める。が、ひとりではなく、複数人の歌声が重なり合って聞こえてくる。と思った次の瞬間には、やはり自撮りされた複数人の中高校生の顔が画面にタイル状に並び、その数がどんどん増えていく。そして一人ひとりが画面に向かって一所懸命に歌い踊る姿が、小気味良いテンポで、順に大きくフォーカスされていく。同社がこのCMを「ポカリNEO合唱」と名づけたように、これはオンラインを使った新しい合唱なのだ。CMのコンセプト文の冒頭にはこう書かれている。「今はみんなで会えないけれど、歌は歌える」。世の中の空気を鮮やかに読んだ映像表現に、SNSでも高い評価が集まった。



このCMを紹介するネット記事を参照してみると、もともと、同社では「合唱」を軸に昨年秋頃からCMの企画が始まっていたが、新型コロナウィルス感染拡大の影響で、大勢の中高校生が一堂に集まって合唱するシーンを撮影することが困難になり、急遽、中高校生にそれぞれの自宅で自撮りしてもらう企画へと変更したのだという。まさにピンチが新しい表現を生んだのだ。自宅で過ごす時間を少しでも楽しんでもらおうと、最近はタレントやミュージシャンらによる歌のコラボやリレーの動画配信が盛んである。「ポカリスエット」のCMはこうした動画も彷彿とさせる。スマホを当たり前に持ついまの中高校生たちは、自撮りで自分を表現することに慣れているという。そのためかわずか30秒の映像のなかで、彼らの情熱がワッと伝わり、見ている方も胸が思わず熱くなった。


公式サイト:https://www.otsuka.co.jp/adv/poc/tvcm202004_02.html

2020/05/04(月)(杉江あこ)

PANDAID

運営:NOSIGNER

新型コロナウイルス感染拡大防止に向けて、デザイナーはいったい何ができるのか。いま、多くのデザイナーがそんな思いに駆られているに違いない。2020年3月から4月にかけて、私はFacebookのタイムラインでデザイナーやデザイン関係者によるさまざまなアイデアの投稿を目にした。そのなかで多くの話題を呼んでいたのが、デザイナーの太刀川英輔が代表を務めるNOSIGNERが立ち上げたウェブサイト「PANDAID」である。

PANDAID」トップページ

最初に見た投稿は、「PANDAID」のコンテンツのひとつである「フェイスシールド」の動画だった。太刀川自身が中心となって開発したこれは、「A4クリアファイルを使って約30秒でつくれる」というのが最大の特徴で、A4クリアファイルに目をつけた点はさすがと言うべきである。まとめ買いをすれば1枚何十円という安価なので使い捨てしやすく、素材も透明度の高いPETやPP樹脂が多く使われているので適している。何よりA4原寸大の型紙をPDFでダウンロードでき、その型紙を印刷し、クリアファイルに挟み込んで、型紙の指示どおりにハサミを入れれば完成するというわかりやすさが魅力だ。参考までに市場に出回るフェイスシールドを見てみると、1枚数千円が平均価格だが、写真を見る限り、それらと比べても遜色がない。では、医療現場でこのA4クリアファイル製フェイスシールドを使えるのかという点については、私が知る医療従事者に聞いてみると、医薬品医療機器等法の範疇ではないため現場判断となるらしい。感染者の治療に当たる医師や看護師ならばもっと厳重なフェイスシールドが必要になるだろうが、それ以外の業務に当たる医療従事者であれば十分なのかもしれない。実際に医療従事者から好評を得ているという話も聞く。また小売店や飲食店、理美容店、介護施設など、不特定多数の人と接触しなければならない仕事に就く人たちにとっても、このフェイスシールドは役立つだろう。



「PANDAID」は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の基本情報をはじめ、個人が実践できる衛生や体力維持の方法、また助成金情報やリモートワーク術、自宅での楽しみ方など、多岐にわたる情報がひとつのウェブサイトにまとめられている点が特徴だ。非営利で自主運営、誰でも編集に参加できる共同編集というスタイルを取っている。だからこそ意図せずともフェイクニュースを流してしまう危険性も伴うため、「科学的ファクトが示されている情報を集める」などの編集方針を示す。さらに「一般の方に科学的情報が魅力的に伝わる記事とデザインを実現する」とあり、この辺りのコントロールが腕の見せどころにもなっている。NOSIGNERといえば、東日本大震災後に災害時に有効な知識や情報を集めて共有するウェブサイト「OLIVE」を立ち上げ、注目を大いに集めた。その後、それは東京都が発行したハンドブック『東京防災』の編集にもつながった。「PANDAID」もその流れを汲んだ活動のようだが、しかし「OLIVE」の充実したコンテンツに比べると、「PANDAID」はまだ途上のように見える。今後のコンテンツ拡充に期待したい。


公式サイト:https://www.pandaid.jp

2020/05/04(月)(杉江あこ)

TDC DAY 2020

主催:東京タイプディレクターズクラブ

2020年4月にギンザ・グラフィック・ギャラリーで開催される予定だった企画展「TDC 2020」が、新型コロナウイルス感染拡大防止のため延期となった。しかし一方で、同時開催のデザインフォーラム「TDC DAY 2020」が無観客で実施され、YouTubeでライブ配信された。会場で講演した受賞者もいれば、自宅からビデオメッセージを寄せた海外受賞者もいる。アーカイブされたそのコンテンツが、現在もオフィシャルサイトで視聴できるようになっている。というわけで、本稿は「TDC DAY 2020」のレビューとしたい。

タイポグラフィーというと、長い間、文化の中心を担ってきたのは英語を中心とする西洋文字である。その西洋文字が生きるグラフィックデザインを、日本も手本としてきたことは間違いない。国際賞である「東京TDC賞」にもそんな正統的な流れがあるが、今回の受賞作品を観ると、さらに新しい流れが生まれていることを感じた。それは中国語を使った挑戦である。受賞12作品のうち、TDC賞2作品が中国からの作品だった。そのひとつ「Big, or Small」と題した作品は、中国語による西洋環境への“侵略”を表現した実験動画である。英語でつくられた広告物を題材に、Google翻訳でその英語を中国語に翻訳し変換したらどう映るのか。いくつものグラフィックデザインの文字が変換される瞬間を動画に編集し、英語と中国語が混じり合う奇妙で無秩序な世界をつくり上げた。もうひとつの作品「the benevolent enjoy mountains “任者乐山”」は、孔子の言葉である四つの漢字「任者乐山(仁徳のある者は山を楽しむ)」を1文字ずつ立体的に変形させ、雪山に見立ててポスターにした作品だ。それらはもはや文字として認識できないが、雪山という造形で意味を伝える。この作品をデザインしたチームは、これまでに中国語と英語とを同じような印象に見せるタイプフェイスの研究もしてきたという。なんと、前者の方法とは真逆の試みではないか。西洋が中心となって築き上げたモダンデザインがグローバル化するなかで、いま、中国は母国語のアイデンティティーを探ろうとしているときなのかもしれない。中国以上に複数の文字を母国語に持つ日本にとっても、この動きは決して他人事ではないはずだ。

さて、今回の受賞作品にはもうひとつの動きがあった。それは新テクノロジーの登場である。AI(人工知能)が既存の本を読み取り、そのなかから短い詩的な言葉を選び取り、Googleでイラストレーションを検索して装飾し、インターネット印刷を使って自動的に本を出版するという、驚くべきプロジェクト「The Library of Nonhuman Books」がRGB賞に選ばれた。また紙の上でペンを走らせるときの動きを滑らかなアニメーションにした、自動的に文字を作成するツール「Grammatography」も興味深かった。この作品の開発者が言うように、まさにカリグラフィーとタイポグラフィーの良さを併せ持った技術である。2020年代に入り、タイポグラフィーを取り巻く環境がますます進化している。よりグローバルな視点に立って、今後の動きにも注目したい。


公式サイト:https://tokyotypedirectorsclub.org

2020/05/05(火)(杉江あこ)

2020年05月15日号の
artscapeレビュー

文字の大きさ