artscapeレビュー
2021年09月15日号のレビュー/プレビュー
福島あつし『ぼくは独り暮らしの老人の家に弁当を運ぶ』
発行所:青幻舎
発行日:2021/08/31
コロナ下において、弁当やテイクアウトの配達員の姿は見慣れた日常の一部となった。だが、そのなかに混じって、「高齢者専門の弁当配達員」が以前から存在することは、ほとんど意識されることがない。
福島あつしは、2004年から10年間、神奈川県川崎市で、高齢者専門の弁当屋の配達員として働き、配達先の独り暮らしの老人たちと徐々に関係性を築きながら、老人たちとその居住空間を撮影し続けた。2019年には、KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭の同時開催イベント「KG+SELECT 2019」にて、個展「弁当 is Ready.」がグランプリに選ばれ、翌年には同写真祭の公式プログラムに参加。そして、『ぼくは独り暮らしの老人の家に弁当を運ぶ』と改題し、福島の文章も併録した写真集が今夏、出版された。
福島の写真作品は、まず、「超高齢化社会」「独居老人」「ケア」「孤独死」といった社会問題のルポとして捉えられる。写真集は「開いたドアの奥に見える、散らかった台所」を写した一枚から始まり、福島の配達員としての視線を追体験するように、老人たちの居住空間に侵入していく。食器や空の容器が積みあがったシンク。ゴミの詰まったビニール袋でいっぱいの押し入れや床。敷きっぱなしの布団。床に溜まった新聞紙や空の弁当容器。やがて、ベッドに横たわり、丸めた背中で独り弁当を食べる老人たちが登場するが、開いた扉の隙間越しや、斜め後ろからのアングル、顔の遮蔽や断片化された身体は窃視的な視線を否応なく感じさせる。そこには、福島自身が葛藤を記すように、被写体にレンズを向ける/それを見ることの罪悪感、写真と眼差しの倫理性や暴力性が写し込まれており、社会的ドキュメンタリーの「正義感」が蓋をしようとするものが噴き出してくる。
一方、ページの展開=福島が老人たちと共有した時間の厚みに伴って、「カメラを向ける=イメージの奪取」という不均衡な関係性から、「カメラを介したコミュニケーションの発生」という別の側面が見えてくる。それは同時に、「孤独でかわいそうな独居老人」というステレオタイプを裏切っていく。手芸や絵を描くなどの趣味を見せる人、モノクロの記念写真を見せてくれる人。「こちらにコンパクトカメラを向ける高齢女性」のカットはきわめてメタ的な一枚である。福島、そして私たち自身もまた見つめ返されているのだ。
また、コロナ下の状況で福島の写真を見ることで、改めて見えてくる対照性がある。コロナ下の街を駆けるUber Eatsなどの配達員は、依頼主にとって、「おうち」内への安全な隔離、すなわち社会から遮断された状態の象徴だ。一方、独り暮らしの老人に弁当を届ける配達員は「安否確認も仕事のうち」であり、むしろ、外部の社会と彼らをつなぎ留める、細く、ごくわずかな紐帯なのである。
見方を変えれば、福島の写真作品は、「部屋と住人」の写真のバリエーションのひとつと捉えられる。例えば、都築響一の『着倒れ方丈記』は、アイデンティティとしての特定のブランドの衣服で埋め尽くされた部屋をその住人とともに写し、『IDOL STYLE』ではアイドルとそのオタクを(グッズなどやはり大量のモノで溢れる)自室の中で撮影する。共通するのは、窃視的な欲望の喚起とともに、ファッションであれ、サブカルや推しであれ、「住人の生と個性が高濃度に凝縮された繭のような空間」としての私室である。また、横溝静の「ストレンジャー」では、文字通り「フレーム」かつ「境界」としての「窓」を挟んで、写真家/私たちは、部屋の中に佇む見知らぬ住人と対峙する。
ほとんど部屋から出ない(出られない)老人たちにとって、「部屋」は生の領域のほぼすべてである。その確固たる中心にあるのが、命をつなぐ行為としての「食べること」にほかならないことを、穏やかに、無心で、よだれかけ代わりの新聞紙にくるまって懸命に弁当を食べる老人たちの姿は示している。「入れ歯」を掴む手は、生へと手を伸ばし続ける意志のように見える。
なお、写真集の出版に合わせ、同名の個展が東京の IG Photo Galleryにて、9月25日まで開催されている。
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KG+SELECT 2019 福島あつし「弁当 is Ready.」|高嶋慈:artscapeレビュー(2019年04月15日号)
2021/08/31(火)(高嶋慈)
プレビュー:KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭 2021 AUTUMN
会期:2021/10/01~2021/10/24
ロームシアター京都、京都芸術センター、京都芸術劇場 春秋座、THEATRE E9 KYOTO、京都市立芸術大学ギャラリー @KCUA、比叡山ドライブウェイ ほか[京都府]
12回目の開催を迎える「KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭」(以下KEX)。前回の「KEX 2021 SPRING」は、共同ディレクターによる新体制への移行と同時にパンデミックに見舞われ、会期の延期やプログラムの変更を余儀なくされる困難な状況のなかで開催された。厳しい状況下で対応にあたる制作陣を追ったドキュメンタリーがオンラインで公開中だ。
共同ディレクター体制の2回目となる「KEX 2021 AUTUMN」は、「もしもし ? !」をキーワードに設定。コロナ禍でオンラインでの対話や制作が増えたいま、目の前にはいない他者に向かって呼びかけ、相手の声を聴き、不在の身体が発する声を想像するという営みを、舞台芸術の根源に関わる問いとして再提示することが企図されている。忘却された過去の声、個人の内なる声、集合的な声、人間以外の存在が発する声に耳を澄ませ、「声」とその主体を多角的に問うプログラムが並ぶ。
まず、今春にYCAMで発表されたホー・ツーニェンの映像/VR インスタレーション「ヴォイス・オブ・ヴォイド─虚無の声」(YCAMとのコラボレーション)が京都に登場。太平洋戦争を思想面で支えた「京都学派」の思想家たちの講演やテクストの音読と、多層的な構造の映像スクリーンやVR体験によって、忘却された「声」を現在の身体と時空間に再インストールする。また、サブカルチャーを取り込んだ圧倒的な音響体験によって祝祭的な空間を出現させるのが、チェン・ティエンジュオと荒木優光。中国ミレニアル世代の旗手、ティエンジュオは、宗教儀式とレイブパーティが混淆したようなパフォーマティブ・インスタレーションとライブパフォーマンスを予定。サウンドデザイナーの荒木優光は、比叡山山頂の駐車場を舞台に、音響システムを搭載した「カスタムオーディオカー」による大音量のコンサートを開催する。また、インドネシアを拠点とするボイス・パフォーマー、ルリー・シャバラは、自ら開発した即興的コーラス手法「ラウン・ジャガッ」を用いて、公募の出演者たちとリモートで制作する新作を発表予定。他者の声に共鳴させる、指揮者不在のパフォーマンスによって「声の民主化」を目指すという。
コロナ禍における実験的な上演形式として興味深いのが、「Moshimoshi City ~街を歩き、耳で聴く、架空のパフォーマンス・プログラム~」である。マップを手に京都市内のポイントを回り、「アーティストが構想した架空のパフォーマンス作品」を音声で聴くという作品だ。オンライン配信でも市街劇でもない試みは、「声の先に想像を立ち上げる」行為によって、都市の風景をどう変容させるだろうか。参加アーティストは、岡田利規、神里雄大、中間アヤカ、ヒスロム、増田美佳、村川拓也。
ダンス作品には、関かおりPUNCTUMUN の最新作の再演と、KEX初の公募プロジェクトで選出された松本奈々子、西本健吾/チーム・チープロによる新作がラインナップ。また、実在の風習をヒントに「妊娠のシミュレーション」を演劇化した和田ながら『擬娩』は、メディアアーティスト・やんツーと10代の出演者を新たに迎え、リクリエーションする。フランスの演出家、フィリップ・ケーヌは、作品上映会と、contact Gonzo と協働するKEXバージョンのパフォーマンス作品の2本立てにより、環境問題や現代社会への風刺を投げかける。また、不条理なやり取りを寸劇的に繰り出す鉄割アルバトロスケットが、11年ぶりにKEXに帰ってくる。
上記の上演プログラム「Shows」に加え、リサーチプログラムの「Kansai Studies」と、異分野の専門家を招いたトークやワークショップのプログラム「Super Knowledge for the Future(SKF)」も予定。また、フェスティバルのミーティングポイントとなるロームシアター京都 ローム・スクエアでは、オランダの美術家、オスカー・ピータースによる巨大な木製ローラーコースターが疾走する。
パンデミックの状況下だからこそ、舞台芸術の持つ根源的な力と、リモート制作の活用や実験的な上演形態など新たなフェスティバル像の摸索に期待したい。
公式サイト:https://kyoto-ex.jp/
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したため #7『擬娩』|高嶋慈:artscapeレビュー(2020年01月15日号)
2021/08/31(火)(高嶋慈)
丹下健三 戦前からオリンピック・万博まで 1938〜1970
会期:2021/07/21~2021/10/10
文化庁国立近現代建築資料館[東京都]
今年、国の重要文化財に指定された国立代々木競技場。1964年東京オリンピックでは水泳とバスケットボール会場に使用され、東京2020オリンピック・パラリンピックではハンドボールと車いすラグビー、バドミントン会場に使用された。国立競技場は老朽化により建て直しを余儀なくされたが、国立代々木競技場は耐震改修工事などを経て、なお生きることとなった。この両者の運命の違いは、端的に言って、未来に残したい建築かどうかということだろう。もはや言うまでもなく、丹下健三の代表作のひとつである国立代々木競技場は、前例のない「高張力による吊り屋根方式」という構造を駆使した巴形の屋根が特徴である。意匠的にも技術的にももっとも優れた戦後モダニズム建築とされ、いまもその威光は衰えることがない。
本展はそんな丹下健三の前半生を回顧・検証する展覧会である。今年、東京でオリンピック・パラリンピックが行なわれ、4年後の2025年には大阪で再び万博が行なわれる。その流れは1964年東京オリンピックと1970年大阪万博が開催された高度経済成長期の焼き直しとも言われている。かつて双方で活躍したのが丹下健三であることを踏まえると、いま、彼を見直す良い機会なのかもしれない。
本展は6章からなり、「戦争と平和」から始まる。なぜなら丹下健三は「戦没者といかに向き合うか」を設計上の重要なテーマと見做していたからだ。これも丹下健三の代表作のひとつである広島平和記念公園および記念館の模型や図面、写真を大々的に展示し、戦争を生き延びた人々と戦争で亡くなった人々とを結びつける建築を模索し続けたことが紹介される。また次章の「近代と伝統」では、若かりし頃の丹下健三がル・コルビュジエに傾倒したことが伺える卒業設計「芸術の館」や、ピロティ形式の2階建て木造住宅「成城の自邸」などが紹介される。国立代々木競技場や大阪万博の基幹施設マスタープランは、言わば成熟期の仕事だ。それ以前に丹下健三が何を大切にして建築家を志し、どう模索したのかという部分に触れられたのは貴重な機会だった。おそらく戦中戦後を生きた建築家にしか、「戦没者といかに向き合うか」というテーマに至ることはできないだろう。そこに力強さがあるし、欧州の近代建築の要素を取り入れながらも日本の伝統建築の美を失わなかった所以のようにも思う。国立代々木競技場の圧倒的な美しさは、丹下健三をはじめ建設関係者たちの果敢な挑戦によって実現したものだ。それは戦後復興の象徴であるからこそ、尊く映る。
公式サイト:https://tange2021.go.jp/ja/
2021/09/01(水)(杉江あこ)
カタログ&ブックス | 2021年9月15日号[近刊編]
展覧会カタログ、アートやデザインにまつわる近刊書籍をアートスケープ編集部が紹介します。
※hontoサイトで販売中の書籍は、紹介文末尾の[hontoウェブサイト]からhontoへリンクされます
◆
目の見えない白鳥さんとアートを見に行く
見えない人と見るからこそ、見えてくる!全盲の白鳥建二さんとアート作品を鑑賞することにより、浮かびあがってくる社会や人間の真実、アートの力。「白鳥さんと作品を見るとほんとに楽しいよ!」友人マイティの一言で、「全盲の美術鑑賞者」とアートを巡るというユニークな旅が始まった。白鳥さんや友人たちと絵画や仏像、現代美術を前に会話をしていると、新しい世界の扉がどんどん開き、それまで見えていなかったことが見えてきた。
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「見えないこと」から「見ること」を再考する──視覚障害者とつくる美術鑑賞ワークショップ|林建太(視覚障害者とつくる美術鑑賞ワークショップ)/中川美枝子(視覚障害者とつくる美術鑑賞ワークショップ)/白坂由里(美術ライター):フォーカス(2021年07月15日号)
ミュージアムグッズのチカラ
2ミュージアムグッズの「ステキ」さを、①かわいいを楽しみたい、②感動を持ち帰りたい、③マニアックを堪能したい、④もっと深く学びたい、の4つのテーマで分類して紹介した、ミュージアムグッズ愛好家・大澤夏美による、ミュージアムグッズ愛溢れる一冊。読み進めるごとに博物館の魅力に夢中になります!
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ミュージアムショップ/ミュージアムグッズのいま|大澤夏美/artscape編集部:フォーカス(2019年01月15日号)
human nature Dai Fujiwara 人の中にしかない自然
自然界に存在するものを創作の始点とし、先端技術を駆使した創作活動で世界的に高い評価を受ける藤原大。デザイナーとして知られる藤原の新たな側面に光をあて、時代の先を見据え制作してきた未発表を含むアート作品を展観する。
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第2回 美術館での心の動きが、個々の日常に還っていくまで──藤川悠(茅ヶ崎市美術館)×畑井恵(千葉市美術館)|藤川悠(茅ヶ崎市美術館)/畑井恵(千葉市美術館)/杉原環樹(ライター):もしもし、キュレーター?(2021年08月01日号)
ユニバーサル・ミュージアム さわる!“触”の大博覧会
さわって楽しむアート作品が大集合! さまざまな素材と手法を用いて、“触”の可能性を探る、「ユニバーサル・ミュージアム」大博覧会(国立民族学博物館、2021年9月2日~11月30日)の公式図録。
アルフレッド・ウォリス 海を描きつづけた船乗り画家
日本では2007年に「だれも知らなかったアルフレッド・ウォリス」展(東京都庭園美術館)が開催され、ウォリスの存在が知られるようになった。本書は同展を企画した美術史家の著者が書き下ろした、日本で初めての評伝である。学芸員時代からイギリス美術を研究し、アーティスト・コロニーとして名高いセント・アイヴスを幾度となく訪れ、ウォリスとの対話を続けた著者による渾身の作家論。
山城知佳子リフレーミング
現在、もっとも注目を集める映像アーティストの一人、山城知佳子。故郷沖縄を舞台に、見る者の身体感覚を揺さぶり、詩的なイメージと同時代への鋭い批評性をあわせもつ映像は、国内外で高く評価されている。本展覧会出品作を網羅するにとどまらず、過去作品の図版も多数収録した山城知佳子の作品世界を通覧する個展公式図録!
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未来に向かって開かれた表現──山城知佳子《土の人》をめぐって|荒木夏実(森美術館キュレーター):フォーカス(2016年09月15日号)
山城知佳子『あなたをくぐり抜けて』|高嶋慈:artscapeレビュー(2018年11月15日号)
鷹野隆大 毎日写真1999-2021
美術館における初の大規模な個展の図録である本書は、鷹野の芸術活動の根幹を成すその「毎日写真」を主軸としながら、ジェンダー・セクシャリティ系の出世作や、日本特有の無秩序な街並みの写真「カスババ」、定点観測的な「東京タワー」、東日本大震災が契機となり近年注力する影の作品など、約130点をほぼ時系列で収録しています。
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鷹野隆大 毎日写真1999-2021|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2021年08月01日号)
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2021/09/14(火)(artscape編集部)