artscapeレビュー

2022年02月15日号のレビュー/プレビュー

世界のブックデザイン 2020-21

会期:2021/12/18~2022/04/10

印刷博物館 P&Pギャラリー[東京都]

ニュースアプリやSNSをはじめ、既存の新聞や雑誌もデジタル版へと移行し、電子書籍も市民権をすっかり得たいま、我々はデジタル上で活字を目にする機会が圧倒的に多くなった。紙の書籍はもう遺産となりつつあるのか。そんなデジタル時代に突入したからこそ、かえって書籍への愛おしさが増すような気がする。本展を見てつくづく感じたのは、書籍は体験のデザインであるということだ。

本展は2021年6月に発表されたドイツ・エディトリアル財団主催の「世界で最も美しい本2021コンクール」の受賞書籍を中心に、日本、ドイツ、オランダ、スイス、中国で開催された各国コンクールの入賞書籍を約130点展示したものだ。まさに世界最高峰のブックデザインが一堂に会した。この2年間、新型コロナウイルスの影響で中止や延期になった各国コンクールも多いと聞く。同コンクールの対象となる日本の「造本装幀コンクール」も2020年は中止されたようで、「世界で最も美しい本2021コンクール」への出品は叶わなかったようだ。しかしながら本展では「第54回(2021年)造本装幀コンクール」の受賞作品が展示されており、このなかから次回の入賞を期待したい。


展示風景 印刷博物館 P&Pギャラリー


さて、展示書籍をそれぞれ手に取り眺めたところ、編集や装丁の既成概念を覆す書籍がいくつか見受けられたことが印象に残った。例えば「世界で最も美しい本2021コンクール」銅賞を受賞した『Corinne』はスイスで編集された写真集なのだが、綴じていないのである。背の部分で二つ折りにして全ページを束ねただけの言わば印刷紙の束だ。これは読者が好きなようにページを再編集できるという意図なのだという。また銀賞を受賞した『说舞留痕-山东“非遗”舞蹈口述史』は中国で編集された伝統舞踊に関する資料集なのだが、ページごとにさまざまな風合いの素材や色の紙を使っており、さらに背から丸見えの糸の綴じも独特である。こうなるとクラフトの域だ。デジタル媒体にはできない体験を追い求めた結果、書籍は紙と戯れる時間を純粋に味わうためのプロダクトへと進化したのか。ただ文字や写真、絵を追うだけでなく、カバーを開き、紙や綴じ糸の質感に触れ、ページを繰り、ときにはページを再編集する楽しみを与える。そんな体験そのものに価値を見出す時代がやってきたようだ。


展示風景 印刷博物館 P&Pギャラリー



公式サイト:https://www.printing-museum.org/collection/exhibition/g20211218.php

2022/01/22(土)(杉江あこ)

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「ミニマル/コンセプチュアル ドロテ&コンラート・フィッシャーと1960-70年代美術」展ほか

[愛知]

1月は集客が難しく、通常は展示の閑散期だと思うが(やはり芸術は秋なのだろう)、なぜかアートが熱い名古屋に足を運んだ。名古屋市美術館の「現代美術のポジション 2021-2022」展は、地域にゆかりのある作家を紹介するシリーズ企画だが、やはり愛知県ならではというか、絵画系が充実している。作風がさらに進化している水野里奈、絵の具でモノがつくられる多田圭佑、横野明日香の動きのある風景画、犬をモチーフに独自の世界観を表現できる川角岳大らの作品が興味深い。



「現代美術のポジション 2021-2022」展 水野里奈の作品展示風景




「現代美術のポジション 2021-2022」展 横野明日香の作品展示風景


水野の絵画は、愛知県美術館の常設の新収蔵作品展にも入っていたが、同館の企画展「ミニマル/コンセプチュアル ドロテ&コンラート・フィッシャーと1960-70年代美術」は、カール・アンドレやソル・ルウィットなど、著名な作家が多く、おさらい的な内容かと思いきや、まったくそうではなかった。サブタイトルに示されたように、1967年、デュッセルドルフにフィッシャー夫妻が創設した小さなギャラリーを核に据えることで、いかに新しい概念の作品群が空間や環境を意識したか、また手紙を通じた作品制作の過程を紹介している。前者は会場にギャラリーを再現していたが、場所の使い方として建築系の人間にも興味深い切り口であり、後者のインストラクションは現在のコロナ禍におけるリモート設営と重ねて考えたくなるテーマだろう。



「ミニマル/コンセプチュアル ドロテ&コンラート・フィッシャーと1960-70年代美術」展 会場風景




再現されたフィッシャーギャラリー


さて、同館が入る愛知芸術文化センターでは、「ARTS CHALLENGE 2022」も開催されていた。これまでの公募と違い、今回はあいち2022と連動する明快なテーマとして「I Got Up 生きなおす空間」を設定しており、作品の統一感が認められる。佐野魁のコンクリート絵画、篠藤碧空が動かす巨大な円柱、三枝愛が畑の道に介入した記録と記憶、展望回廊における小栢可愛の葉書と小窓の組み合わせなどが印象に残った。「ARTS CHALLENGE(アーツ・チャレンジ)」に選ばれた作家は、その後のあいちトリエンナーレにしばしば参加しているが、今回は誰になるのだろうか。なお、10階のフォーラムに設営されていた木村友紀の作品は、なぜここに? と思ったのだが、アーツ・チャレンジではなく、コレクション展の一部だった。



「ARTS CHALLENGE 2022」展 佐野魁の作品展示風景




「ARTS CHALLENGE 2022」展 三枝愛の作品展示風景


イレギュラーだったのが、東京の国立新美術館でよく見ていた文化庁新進芸術家海外研修制度の成果発表展も愛知芸術文化センターで開催されていたこと。今回は日本各地で行なわれており、ここでは「DOMANI plus」@愛知 まなざしのありか」として大塚泰子による水や青に触発された作品と、冨井大裕による斜めの彫刻を展示していた。関係者によると、こうした試みは大変だが、地方のアート関係者に喜ばれているという。なお、名古屋の港まちポットラックビルも会場に選ばれていたが、未見である。



「DOMANI plus」@愛知 まなざしのありか」展 会場風景

現代美術のポジション 2021-2022

会期:2021年12月11日(土)〜2022年2月6日(日)
会場:名古屋市美術館
(愛知県名古屋市中区栄2-17-25)

令和3年度新収蔵作品展

会期:2022年1月22日(土)〜2022年3月13日(日)
会場:愛知県美術館
(愛知県名古屋市東区東桜1-13-2 愛知芸術文化センター10F)

ミニマル/コンセプチュアル ドロテ&コンラート・フィッシャーと1960-70年代美術

会期:2022年1月22日(土)〜2022年3月13日(日)
会場:愛知県美術館

ARTS CHALLENGE 2022

会期:2022年1月22日(土)〜2022年2月6日(日)
会場:愛知芸術文化センター
(愛知県名古屋市東区東桜1-13-2)

「DOMANI plus @愛知 まなざしのありか」

会期:2022年1月18日(火)〜2022年1月23日(日)愛知芸術文化センター会場
2022年1月18日(火)〜2022年3月12日(土)港まち会場(港まちポットラックビル、旧・名古屋税関港寮)

2022/01/23(日)(五十嵐太郎)

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小松一平《G町の立体廻廊》、銀閣寺ほか

[京都]

京都において、奈良を拠点とする小松一平が設計した《G町の立体廻廊》(2020)を見学した。これは築100年の大きな邸宅のリノベーションであり、直前まではアパートとして使われ、部屋が小割りになっていたのに対し、2階の床を抜いて、吹き抜けをつくり、1階レベルを多世帯家族のための共同の広いダイニング・キッチンのスペースに変えている。興味深いのは、1.5階レベルの裏庭から屋根の上にスチールパイプのブリッジを架け、2階の開口(あえてドアではなく、窓のようなデザイン)にアクセスし、そのままぐるりと吹き抜けのまわりを回転しながら、1階に降りていく動線を付加したこと。すなわち、木造の家屋に鉄の通路を貫通させることで、隣接しつつも、急な段差があるためにアクセスしづらかった裏庭とつなぎ、新しい動きをもたらしている。大胆なデザインだが、道路側のファサードは変化していない。以前、U-30の建築展において彼の作品を見たとき、擁壁を崩して建築化するプロジェクトが印象的だったが、ここでも高さの調整が主題になっている。小松による《あやめ池の家》(2015)でも、擁壁を操作しつつ、周辺環境との応答を試みた。



《G町の立体廻廊》



《G町の立体廻廊》


たまたま、この住宅の近くに銀閣寺があったので、10年以上ぶりに立ち寄った。肝心の二つの建物(《観音殿》と《東求堂》)の内部に入れないだけに、むしろくねくねと歩きながら、丘を登る広い境内を散策し、あちこちから眺めることで、日本建築にとっての庭の重要性をあらためて感じる。また以前はなかったと思う《観音殿》の色彩復元のモックアップ展示があり、やはり昔はカラフルで、いまの渋い、日本的な(?)感じとだいぶ違うのは興味深い。続いて南下し、庭と襖絵が有名でさまざまな天井の形式をもつ方丈の部屋のある《南禅寺》を訪れた。すぐ横にある明治期につくられたアーチが連なる《水路閣》(ローマの水道橋と同じ働きをする組積造)がカッコいい。禅宗の古建築と当時の最新土木インフラの対比は、首都高と日本橋より強烈かもしれない。それぞれの特性をさらに引き立てる異なる時代の共存、もしくは衝突は、《G町の立体廻廊》における木造家屋とスチールパイプの動線が想起される。



散策路から眺める銀閣寺


室町時代の銀閣彩色の再現



南禅寺



水路閣



水路閣


2022/01/24(月)(五十嵐太郎)

「❒³LE(キュービクル):最低限のシェルター空間国際設計コンペ」ほか

[宮城]

ちょうど仙台において、東北大学の五十嵐研が関係する展示が三つ同時に開催されていた。ひとつはせんだいメディアテークの「くまもとアートポリス巡回展─みんなの家、後世へつなぐ復興─」展である。これは昨年12月に熊本市現代美術館で見た展示の巡回展で3.11と熊本の災害後の活動を紹介する企画だ。最初のセクションにおいて、さまざまな建築家から寄せられたみんなの家のイメージがあり、そのなかに芳賀沼整の依頼を受けて、五十嵐研が南相馬の仮設住宅地で設計した塔がある集会所のドローイングも含まれている。実現したものは有限の塔だが、ここでは無限バージョンを提出した。なお、熊本のみんなの家は、当初の役割を終えた後、移転合築がなされ、集会所などに転用されている事例が少なくない。また熊本地震震災ミュージアムのコンペの最優秀案となった、o+h・産紘設計Jvなども紹介しており、次世代を担う建築家の活躍が期待される。



「くまもとアートポリス巡回展─みんなの家、後世へつなぐ復興─」展 左下が五十嵐研




「くまもとアートポリス巡回展─みんなの家、後世へつなぐ復興─」展 o+hコンペ案


定禅寺通り沿いの東京エレクトロンホール宮城では、「宮城県芸術選奨受賞者作品展~みやぎ芸術銀河作品展~」に菊池聡太朗が出品していた。彼は志賀理江子のアシスタントをつとめたことがきっかけで、アーティストとしての活動を開始した研究室のOBである。そしてギャラリースペースがつくられた仙台フォーラスの7階では、やはりOBの吉川彰布が企画した国際コンペの結果を展示していた。彼は前述した塔がある集会所などを契機に、アーキテクチャー・フォー・ヒューマニティをサポートし、この組織が消滅した後は、防災と復興支援を行なう一般社団法人ヒトレン(AHA)を自ら立ち上げ、3.11から10年という節目に避難所を想定した「❒³LE(キュービクル):最低限のシェルター空間国際設計コンペ」を企画したのである。その結果、世界53ヶ国から114案が集まり、最終審査にのぞむ優秀8作品は、1/1の実物(2m角のキューブにおさまるヴォリュームが規定)によって制作・展示していた。てっきり会場はパネル展示のみだと思っていたので、木材や段ボールなどを使った力作のキューブが並ぶ風景は、なかなか見ごたえがある(佳作などは、パネル展示)。審査は、アストリッド・クラインや東北大学災害科学国際研究所のリズ・マリーらが担当し、最優秀賞には畠和宏らによる「ふだん木のまち」が選ばれた。



「宮城県芸術選奨受賞者作品展~みやぎ芸術銀河作品展~」展 菊池聡太朗の作品展示風景



「❒³LE(キュービクル):最低限のシェルター空間国際設計コンペ」展 会場風景



「❒³LE(キュービクル):最低限のシェルター空間国際設計コンペ」優秀作品



「❒³LE(キュービクル):最低限のシェルター空間国際設計コンペ」優秀作品



「❒³LE(キュービクル):最低限のシェルター空間国際設計コンペ」最優秀案

せんだいメディアテーク「みんなの家、後世へつなぐ復興」

会期:2022年1月24日(月)〜2022年1月26日(水)
会場:せんだいメディアテーク
(宮城県仙台市青葉区春日町2-1)

宮城県芸術選奨受賞者作品展

会期:2022年1月24日(月)〜2022年1月30日(日)
会場:東京エレクトロンホール宮城
(宮城県仙台市青葉区国分町3-3-7)

「❒³LE(キュービクル):最低限のシェルター空間国際設計コンペ」

会期:2022年1月15日(土)〜2022年1月27日(木)
会場:仙台フォーラス7階 even

2022/01/26(水)(五十嵐太郎)

熊本県八代市の建築

[熊本]

数年ぶりの熊本駅は、再開発のプロジェクトによって、だいぶ様変わりしていた。佐藤光彦による《熊本駅西口駅前広場》(2011)はそのままだったが、まず駅舎が建て替えられ、安藤忠雄による湾曲した黒いファサードが印象的な新駅舎(2019)が登場している。また西沢立衛の大きなしゃもじのような屋根がかかった《熊本駅東口駅前広場》(2011)も、もともと暫定形とはいえ、強い存在感は放っていたが、もっと細くうねる、鏡面効果によってまわりの風景を映しだす薄い屋根に置き換えられた。なるほど、以前の力強いデザインだと、駅舎のかたちと喧嘩するだろうから、むしろ現在は引き立て役としての建築になっている。また隣の日建設計による《アミュプラザくまもと》(2021)は、室内に垂直の立体庭園が展開し、迫力がある大きな吹き抜けをもつ。



西沢立衛による旧広場



熊本駅と西沢立衛による広場



《アミュプラザくまもと》


熊本駅から電車に乗って、八代に移動し、伊東豊雄の《八代市立博物館未来の森ミュージアム》(1991)を久しぶりに訪問すると、ちょうど開館30周年を祝っていた。今では世界各地にプロジェクトを抱える建築家になったが、実は彼にとって初の公共施設であり、ここから快進撃が始まった記念すべき作品だ。軽やかな屋根と手前の丘のようなランドスケープのデザインで知られているが、あらためて下の展示空間を観察すると、間仕切りといっても透明なガラスを使い、ワンルームにも見え、特殊な什器が並ぶユニークなものである。おそらく、この博物館のために設計された特別仕様の什器は、日本にお金があった時代の展示デザインといえるかもしれない。エントランスや常設展示室では、妙見祭の行列や 亀蛇 きだ を紹介していたが、これがユネスコの無形文化遺産に登録されたことを契機に、隣に祭りの笠鉾などを保管・展示する施設としてつくられたのが、伊東豊雄建築設計事務所出身の平田晃久の《八代市民俗伝統芸能伝承館(お祭りでんでん館)》(2021)である。これはくまもとアートポリス事業のラインナップには入っていないが、現代のデジタル技術と木材を使う伝統的なかたちを融合させて、うねうねした屋根をはりめぐらせる。ちなみに、DOCOMOMO Japanによって、重要な建築に選定された芦原義信の《八代市厚生会館》(1962)も隣接し、博物館とともに、お祭りでんでん館を挟む。正確にいうと、本館と同じく両端部に斜めに反り上がった屋根をもつ厚生会館の別館跡地にでんでん館が建設されている。ともあれ、このエリアでは、奇しくもそれぞれ昭和/平成/令和の時代を反映した三つの屋根の違いが観察できるのだ。



《八代市立博物館未来の森ミュージアム》



《八代市民俗伝統芸能伝承館(お祭りでんでん館)》



《八代市民俗伝統芸能伝承館(お祭りでんでん館)》



芦原義信《八代市厚生会館》

2022/01/26(水)(五十嵐太郎)

2022年02月15日号の
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