artscapeレビュー
2022年10月01日号のレビュー/プレビュー
現代山形考~藻が湖伝説~(みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ2022)
会期:2022/09/03~2022/09/25
文翔館議場ホール(※)[山形県]
「みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ」は2014年から始まり今年で5回目だ。わたしは今回が初めての観覧だったのだが、今年ある七つのプロジェクトのうちのひとつ、企画展「現代山形考~藻が湖伝説~」の「文翔館議場ホール」会場だけを見ることができた。本展は山形盆地が藻が湖に沈んでいたという伝説を起点に、山形の郷土史を再編纂しようとするいくつもの試みを束ねた展覧会であり、2020年にも展覧会が開催されている。
そこで2020年の展覧会記録を遡ってみたのだが、今回の出展作と章立ては文言を含めほとんどが重複していた。そして、それらは着実にすべてアップデートされていたのである。わかりやすくは、浅野友理子の《薬草木版画》が2020年には9種であったのが今回は42点を超え、青野文昭が2020年に出展した《「関山トンネル 破棄されたドアの復元から~」のための構想図-1 2020》(2020)は今回完成していたというように。他方で、2020年に続き今回も出展された番場三雄による《文翔館》は「イギリスルネサンス様式を基調とした文翔館」を正面から描いた平面作品であるのだが、今回は東北大学五十嵐太郎研究室によって、その建築史的には有名無実とも言えるラベルに成り下がっている「ルネサンス」の内実を言語化するというプロジェクト「文翔館の時間と空間をひもとく」と並置されることにより、作品の細部を見る眼がつくり直されたかのようだった。
今回、一部の会場しか観覧できなかったが、また今後にも「現代山形考~藻が湖伝説~」が開催され、拡充されるのであれば、わたしは一時の鑑賞者に過ぎないながらも、この企図の広がりを追うことが許されたかのようで、勝手なよろこびを感じた。
なお、展覧会は無料で観覧可能でした。
公式サイト:https://biennale.tuad.ac.jp/project/yamagatako
2022/09/11(日)(きりとりめでる)
コペンハーゲン中央駅近くの展示施設
[デンマーク コペンハーゲン]
およそ2年半ぶりの海外となるデンマークに入り、コペンハーゲン駅の近くのホテルから徒歩圏内の施設をまわった。国立博物館の正面から右側に展開する歴史部門は手堅くまとめていたが(植民地の奴隷たちの声といった新しい切り口のコンテンツも含む)、左側のいわゆる民族展示は什器も含めて実験的である。特に企画のバイキング展は、ドラマの実写映像や歴史的人物のアニメ風イラストなど、明らかに若者層を狙った演出だったが、部屋全体が暗くなっていたために、肝心の展示物は逆に見えにくい。驚かされたのは、日本のコスプレ文化(とデンマークの交流)を2室も使って紹介していたこと。これはアラスカ、メキシコ、アフリカの民族展示のフロアと同列に並んでおり、文化人類学的に興味深いテーマとして捉えられていた。
ニューカールスベア美術館の外観は古典主義風だが、よく観察すると、かなり様式を逸脱した表現も見受けられるように、やはりそれほど古いものではなく、1897年にオープンしている。これはデンマークを代表するビール会社の実業家が創設したもので、エジプト、ギリシア、ローマなどの古代からフランスの近代絵画までのコレクションをよく揃えていた。魅力的な空間として感心したのは、ガラスのドーム屋根を架けた中庭である。手法自体は必ずしもめずらしいデザインではないが、中央に噴水を置き、大きな椰子の木が囲み、温室のような空間となっていることにより、まるで本当の公園のように来場者がくつろいでいる事例を初めて目撃した。これに隣接してカフェがあるのも素晴らしい。なお、ヘニング・ラーセンが背後の増築棟を設計しており、挿入された展示空間のヴォリュームのまわりにある階段をのぼると、屋上につながっていて、隣のチボリ公園など、街並みを眺めることができる。
ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展2018でも紹介されていたOMAによる《BLOX》(2017)は、パズルのようにさまざまなプログラムを組み合わせた水辺の複合施設である。マッチ箱を積み上げたような外観に対し、地上レベルでは車道が貫通したり、デンマーク建築センターの展示場からジムが見えるなど、思いがけない遭遇をもたらし、まさに都市を埋め込む。またヤコブセンらの家具を展示する大階段の横に、スパイラル状の滑り台を併設する遊び心も忘れない(若者がこれを選択し、楽しみながら帰路についていた)。建築センターでは、空間が伸び縮みする宇宙建築、ならびに近代以降のデンマークの女性建築家の歴史や国外の女性建築家によるインスタレーションの展示をしていた。後者のテーマは、日本でもそろそろ本格的に大きな企画展を行なうべき内容だろう。
2022/09/13(火)(五十嵐太郎)
ヴィラム・ウィンドウ・コレクション
ヴィラム・ウィンドウ・コレクション[デンマーク、コペンハーゲン]
コペンハーゲン郊外にあるトップライトのプロダクトで知られる世界的なメーカーVELUXが2006年に設立したヴィラム・ウィンドウ・コレクションを訪れた。市の中心部からは電車とバスを乗り継いで40分弱、かつての社屋をリノベーションし、窓の歴史の展示や創業者ラスムッセン一族と企業の多面的な活動を紹介している。正面の上部にあるデザインは、天窓を通過する光をイメージしたかつてのロゴだという。エントラスの横の部屋では、窓をモチーフとする絵画も飾られていた。窓のイメージに囲まれた階段を降りると、紀元前から現代まで窓の歴史を一気にたどる通路が始まる。古代ローマ、ゴシックのステンドグラス、バロック期のヴェルサイユ宮殿、古典主義、アール・ヌーヴォーなどを経て、VELUXが誕生した1941年を含むモダニズムが続く。
そのあと美術館の収蔵庫にある引き出し型の絵画ラックのように、各時代の実際の窓が時代順に並ぶ。17世紀以降の歴史建築だけではなく、バウハウスの校舎から譲り受けたものも含まれていた。なるほど、これならコンパクトに多くのコレクションが入るだけでなく、両面から確かめることもでき、窓ならではの収納の手法である。なお、共通の色分けによって、歴史の通路、窓のラック、年表の時代が示されていた。
ノコギリ屋根ゆえに、上部から光が差す明るい室内には、わざわざ引き出さなくても、常設で数多くの古い窓や関連する部材、あるいは制作するための工具、材料、ガラス製法の歴史なども展示している。掃除がしやすいように、表と裏がぐるっと回転するなど、実にさまざまな開き方をする窓が存在することに感心させられた。またさまざまなタイプの窓を紹介するコーナーでは、防弾ガラスもあり、説明のボタンを押すと、ロビン・フッドがリンゴを射抜く場面さながらに、女性が顔の前に小さなガラスをもち、そこに男性が銃を撃って性能を示すという現代では信じられない白黒の資料映像が流れた。
特筆すべきは、ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展2014において、中央館のエレメント展示で壁一面を使って紹介されたイギリスの建築史家チャールズ・ブルッキンズの窓コレクションが、現在ここに展示されていることだろう。彼とこのときの全体ディレクターだったレム・コールハースの会話の映像も見ることができる。ヴィラム・ウィンドウ・コレクションは約300の歴史的な窓を所有しており、やはり実物そのものを直接鑑賞できるのが、この施設の強みだろう。
2022/09/15(木)(五十嵐太郎)
「Windowology: New Architectural Views from Japan 窓学 窓は文明であり、文化である」展
会期:2022/09/18~2023/02/28
ヴィラム・ウィンドウ・コレクション[デンマーク、コペンハーゲン]
ヴィラム・ウィンドウ・コレクションは、北欧を中心にヨーロッパの歴史的な窓を数多く収集しているが、日本を含むアジアの窓はほとんどない。そこで3年前に「窓展:窓をめぐるアートと建築の旅」が東京国立近代美術館でオープンした際にディレクターらが来日し、古材店から障子などを少し購入したらしいが、この分野を強化すべく、筆者が監修した窓研究所の展示「Windowology: New Architectural Views from Japan 窓学 窓は文明であり、文化である」を招待することが企画された。同施設では、こうした外の展示を受け入れる巡回展は初めての試みらしい。
なお、この展覧会はもともと窓学10周年を記念し、東京のスパイラルで開催した「窓学展」が原形であり、ジャパンハウスの巡回枠に採択されたことを受け、海外向けに内容を再編したものだった。もっとも、開催期間がコロナ禍でロサンゼルス、サンパウロ、ロンドンの3会場とも、窓学チームは現地入りができず、オンラインでの設営となった。ロサンゼルスにいたっては、期間中に開館もできなかったため、完全に無観客の展示である(ただし、オンライン上では詳しく鑑賞可能)。したがって、ヴィラム・ウィンドウ・コレクションでの延長戦がなければ、「Windowology」展の現場を海外で目にすることはできなかった。
さて、スパイラルのときからただの学術発表にならないよう、現代アートを組み合わせていたが、巡回展では津田道子に参加を依頼している。会場ごとに異なるインスタレーションを行ない、コペンハーゲンでは展示への導入として、フレームと鏡と映像による迷宮的な空間を出現させた。展示の内容は以下の通り。環境の面からは東工大の塚本研による手仕事の作業場における開口部と小玉祐一郎による近代建築のシミュレーション、表象の視点では東北大の五十嵐研による漫画における窓(『サザエさん』)と物語の窓、そして現代住宅の窓については、ジェレミー・ステラが撮影した写真群を用いている。日本建築の特徴を示すものとしては、建築家の言葉を壁に記したほか、早稲田大の中谷研による掬月亭の映像を流し(可動の開口部によって、空間の表情が劇的に変化)、リアルサイズに拡大した起こし絵図によって再現され、内部に入ることもできる別名「十三窓席」の擁翠亭を展示のハイライトとした。ヴィラム・ウィンドウ・コレクションがモノとしての窓に焦点をあてるのに対し、「Windowology」展は窓がどのように人々のふるまいに影響を与えたか、またメディアにおいてどのように表象されたか、といったアプローチを導入したことに違いが認められるかもしれない。
Windowology: New Architectural Views from Japan
会期:2022年9月18日(日)~2023年2月28日(火)
会場:ヴィラム・ウィンドウ・コレクション(Maskinvej 4, 2860 Søborg, Denmark)
2022/09/15(木)(五十嵐太郎)
メディウムとディメンション:Liminal
会期:2022/09/03~2022/09/27
柿の木荘[東京都]
1960年代の高度成長期に雨後の竹の子のように建てられ、いまは激減している木造モルタル2階建ての賃貸アパート。この展覧会の会場となる神楽坂の柿の木荘も、1966(昭和41)年に建てられた昭和の典型的な木造アパートだが、半世紀のあいだ壊されることなく、2016年にはアーティスト・イン・レジデンスとして再生した。しかし長引くパンデミックには勝てず、新たな用途のために改修されて再々出発することになったという。今回はその間隙を縫って、美術評論家の中尾拓哉氏のキュレーションの下、12組のアーティストがかつて4畳半だった各部屋に作品を展開している。
髙田安規子・政子は、古い引き出しにドアと窓のような穴を開けて整列させ、ビルに見立てたり、数十個のバケツやグラスを小さい順に並べたり、柿の木荘に残されていた廃品を使って遊んでいる。鈴木のぞみは窓ガラスを外して乳剤を塗り、その窓に映る風景を焼き付けた「窓ガラス写真」3点を展示。それぞれ朝、昼、夜の風景だそうだ。津田道子は柿の木荘で撮った映像と、ここで集めた鏡を並置。映像のなかに鏡が映っていたり、映像を鏡と勘違いしたりしそうだが、改めて映像は過去、鏡は現在を映し出すことを思う。このようにアパートに残されたものを使いながら、時間と空間、過去と現在、記憶と記録を往還していくサイトスペシフィックな作品が多い。
一方で、柿の木荘とは一見無縁な作品もある。たとえば鎌田友介は、韓国に建てられた日本家屋をリサーチし、その映像を流すと同時に家屋の一部も展示する。時代や国を越え、戦争や植民地主義にもつながっていくテーマだ。磯谷博史は数字が左右逆転した(つまり針が左回りの)時計を壁に描く。時計の針が右回りなのは北半球では日時計が右回りだったからで、南半球で文明が発達していれば針も左回りになったかもしれないという仮説に基づく。まさに時間と空間を問題にした刺激的な作品。これらは柿の木荘とは直接の関係はないが、こうした作品が展覧会に幅をもたせ、意義を重層化させている。でもいちばんホメてあげたいのは、民間アパートをアートのために解放したオーナーの度量だ。
公式サイト:https://www.nest-a.tokyo/Liminal
2022/09/16(木)(村田真)