artscapeレビュー

2022年10月01日号のレビュー/プレビュー

ライアン・ガンダー われらの時代のサイン

会期:2022/07/16~2022/09/19

東京オペラシティ アートギャラリー[東京都]

2021年4月に開催されるはずが、新型コロナウイルス感染症の拡大により延期されていた本展が、満を辞して開催された。その喜びを祝福するかのように、私が訪ねた最終日には、会場の入り口に観客の列ができていた。見ること/読むことの欲望を素直に刺激し享受する、心地よい展覧会である。

多くの観客を集めた理由のひとつに、会場がすべて撮影可ということも挙げられるだろう。拡散されたイメージを入り口とした観客も、来場すればすでにそれを読むためのゲームに巻き込まれていたことに気づかされる。ガンダーの作品のなかには、硬貨や紙幣、自動販売機や番号が印字された紙片の発行機といった社会のシステムを想起させるモチーフが散りばめられている。そのうちのひとつである自動販売機を模したケースには作品のほか複数の石が並べられ、29,999円を支払うとそれらがランダムに提供されるという。作品のタイトルは《有効に使えた時間》(2019)。信用の交換によって成り立っている売買の仕組がずらされ、ものの価値を支えている差異とそれを享受する時間について思いを巡らせる。石から連想されるのはこの作品だけではない。《すべてのその前:画家の手による学術界への一刺し》(2019)は、作家が発明した「石文字」とそれを解読するための「教育」の関係を思わせる。それだけでなく、文字による記述を超えて読解の余地をつないできた絵画の歴史を想起させるのだ。その伏線として解釈できる《自分にさえまだ説明できない》(2020)は、「レベルA:アート&デザイン」と題された試験問題と思しき用紙が印刷されて積み上げられた作品で、観客はその用紙を自由に持ち帰って読むことができる。私が今ここでつなげた物語は一部に過ぎない。ガンダーが仕掛けた問いかけは、もっと直感的に受け止められるものもあれば、組み合わせによって異なる物語に発展する可能性もある。親子連れやカップル、友人同士などさまざまな年齢層の観客が会場で時間を共にしながら、思い思いにゲームに興じる様子がとても印象的であった。



《有効に使えた時間(Time well spent)》(2019)
タグチアートコレクション蔵/Collection of Taguchi Art Collection
[Photo: Tomoki Imai, Courtesy the artist and TARO NASU]



《すべてのその前:画家の手による学術界への一刺し(Pre-everything; Stabs at academia with painters tools)》(2019)
[Photo: David Tolley, Courtesy the artist and TARO NASU]



《自分にさえまだ説明できない(I can not yet even describe it to myself)》(2020)
[Photo: Ryan Gander Studio, Courtesy the artist and TARO NASU]


最後に、今回のもう一つの見どころは、ガンダーの個展に続き、寺田小太郎のコレクションをガンダーのキュレーションによって紹介するという構成になっている点である。「色を想像する(Colours of the imagination)」と題した今回の展示は、絵画、写真、陶芸を含むモノトーンの作品が選ばれ、壁の片面に2〜3段掛けで配置されていた。その向かいの壁面には作品と同じサイズの輪郭線がかたどられ、キャプションが配置されている。左右の壁を対照しながら進んでいくのだが、右側の壁に向き合えば文字情報なしに作品の連なりが生み出すリズムを感じ取ることができる。寺田のコレクションをガンダーが見立て、配置することにより、二人の解釈が響き合う。「色」という言葉にはさまざまなニュアンスがあるが、「色彩」だけでなく複数の「個性」とそこから生まれる「解釈」の自由が際立っていた。

なお、「ライアン・ガンダーが選ぶ収蔵品展|色を想像する」は、個展の延期に伴い2021年4月17日から6月21日に開催された「ライアン・ガンダーが選ぶ収蔵品展|ストーリーはいつも不完全……色を想像する」のうち、上階部分の展示を再構成したという。私自身は2021年の展示を観ることが叶わなかったが、執筆後の取材により、今回は2021年版の再現としつつも、実は会場の中心を軸に左右線対称に反転させて配置するという仕掛けが仕組まれていたことを知り、さらに興味を惹かれた。引用と再配置によって生まれる解釈の可能性を取り入れることは、延期という偶然すらチャンスへと変えてしまう試みに思えたのだ。



「 ライアン・ガンダーが選ぶ収蔵品展|色を想像する(Collection Exhibition curated by Ryan Gander | Colours of Imagination)」
[Photo: Imai Tomoki]

2022/09/19(月)(伊村靖子)

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カタログ&ブックス | 2022年10月1日号[テーマ:美術家・李禹煥を通して、世界の「余白」を見つめる人たちの5冊]

アジアを代表する美術家の一人、李禹煥(1936-)。「すべては相互関係のもとにある」という透徹した視点で「もの派」などの美術動向を牽引してきました。「国立新美術館開館15周年記念 李禹煥」(2022年8月10日〜11月7日、国立新美術館にて開催)にちなみ、李の作品や著作を紐解き、物事の間にある関係性を眺め考える5冊を紹介します。

※本記事の選書は「hontoブックツリー」でもご覧いただけます。
※紹介した書籍は在庫切れの場合がございますのでご了承ください。
協力:国立新美術館


今月のテーマ:
美術家・李禹煥を通して、世界の「余白」を見つめる人たちの5冊

1冊目:余白の芸術

著者:李禹煥
発行:みすず書房
発売日:2000年11月
サイズ:22cm、385ページ

Point

彫刻・絵画作品で知られる一方、執筆活動も旺盛に展開してきた李。自身や「もの派」の制作活動を、同時代を生きる国内外の作家たちとともに俯瞰し、時に素朴な言葉で綴るエッセイを数多く集めた本書。古井由吉や中上健次といった作家たちに積極的に言及している点からも、言語を用いた表現に対する李の強い意識が窺えます。


2冊目:イメージかモノか 日本現代美術のアポリア

著者:高島直之
発行:武蔵野美術大学出版局
発売日:2021年11月1日
サイズ:22cm、255ページ

Point

「もの派」に限らず、ハイレッド・センターや千円札裁判といった動きが現在も鮮烈な印象を残す1960〜70年前後の日本美術シーン。当時の批評家たちはそれらにどう言及したのかを振り返り検証する本書。観念(イメージ)/物質(モノ)という二項対立を通して、「見る」行為の変遷を時代背景とともに実感できます。


3冊目:本を弾く 来るべき音楽のための読書ノート

著者:小沼純一
発行:東京大学出版会
発売日:2019年10月1日
サイズ:19cm、398ページ

Point

音楽批評家であり詩人の小沼純一がジャンルを問わず刺激を受け、折に触れて読み返す22冊の名著にまつわるエッセイ集。ことば/場/からだという三つの分類のうち、「場」で李の若年期の批評集『出会いを求めて』に言及。著者と本の間に流れる即興演奏のような読み心地は終始心地良く、読書案内としても優れた一冊です。



4冊目:展覧会の挨拶

著者:酒井忠康
発行:生活の友社
発売日:2019年4月18日
サイズ:20cm、330ページ

Point

展覧会の最初の部屋、あるいは図録の最初のページで出会う「ごあいさつ」。世田谷美術館など国内複数の美術館館長を務めてきた酒井忠康が、李のものも含む展覧会に寄せた文章は、作家との個人的なエピソードや思い入れも豊富。そのとき/その場でしか体感できない「展示」というメディアの不思議さにも思いを馳せてしまう本。



5冊目:虚像培養芸術論 アートとテレビジョンの想像力 Art Criticism and 1960s Image Culture

著者:松井茂
発行:フィルムアート社
発売日:2021年3月24日
サイズ:20cm、309ページ

Point

テレビの登場以降大きく揺れたメディアの勢力図。李も60年代以降の文献で「虚像/実体」という言葉を多用しているように、モノやリアリティの受容され方の変化を強く意識していたようです。李が作家性を確立させていった時代、メディアと芸術の相互関係が生み出した芸術家像の複雑さを、多角的に知ることのできる一冊。







国立新美術館開館15周年記念 李禹煥

会期:2022年8月10日(水)~11月7日(月)
会場:国立新美術館(東京都港区六本木7-22-2)
公式サイト:https://leeufan.exhibit.jp/


[展覧会公式図録]
『李禹煥』

編集:国立新美術館、兵庫県立美術館
発行:平凡社
発行日:2022年8月16日
サイズ:28cm、303ページ

「もの派」を代表する世界的なアーティスト・李禹煥。60年代の初期作品から、彫刻の概念を変えた〈関係項〉シリーズ、最新の絵画作品を収録。国立新美術館、兵庫県立美術館での展覧会公式図録。

◎展覧会会場、全国主要書店にて販売中。




2022/10/01(土)(artscape編集部)

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