artscapeレビュー

オ・ソックン「教科書(チョルスとヨンヒ)」

2011年11月15日号

会期:2011/09/21~2011/10/22

BASE GALLERY[東京都]

オ・ソックンは1979年、仁川生まれの韓国の写真家。イギリスのノッティンガムで写真を学び、韓国に帰国後本格的に写真家として活動しはじめた。今回BASE GALLERYで展示されたのは、代表作である「教科書(チョルスとヨンヒ)」(2006~08年)のシリーズで、少年と少女の顔をした被りものを身につけたモデルたちにポーズをつけて、さまざまな場所で撮影している。彼らは物置小屋のような場所で密かな性的な遊戯にふけったり、橋の下で身を寄せあったり、自宅の部屋で所在なげにたたずんだりしている。その状況設定に、作者自身の幼年期の記憶が投影されているのはいうまでもない。
実はこのはかなげな少年と少女のキャラクターは、朴正煕政権時代の1970年代から90年代まで、韓国の小学校の教科書のなかに登場していて、この時代に小学生だった韓国人なら誰でも知っているのだという。とすれば、軍事独裁政権から民主化、経済成長を経て、大きく変転していく韓国社会がもたらした歪みや軋みが、彼らのややエキセントリックなふるまいによって象徴的に表現されているともいえる。つまり、あえて頭部を大きくして子どもらしいプロポーションを強調した彼らの姿は、個人的な記憶と歴史との間に宙吊りにされているわけだ。とはいえこのシリーズは、韓国人だけではなく、かつて少年や少女だったすべての大人たちにとって痛みをともなう懐かしさを喚起することができるように仕組まれている。それはオ・ソックンの巧みな演出力の為せる業であり、日本人の多くも、彼らの姿を自分の記憶と重ねあわせることができるのではないだろうか。

2011/10/14(金)(飯沢耕太郎)

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