artscapeレビュー
国立新美術館開館10周年記念 シンポジウム1「展覧会とマスメディア」
2017年02月15日号
会期:2017/01/21
国立新美術館3階講堂[東京都]
自分の出たイベントや出品した展覧会については書かないようにしているが、このシンポジウムはこれまでありそうでなかったテーマだったので、それなりに意義があると思い書かせてもらう。テーマの「展覧会とマスメディア」とは、日本では美術館やデパートがおもに海外の大きな展覧会を開くとき、新聞社やテレビ局と共催する場合が多く、これを俎上に挙げようというもの。この美術館とマスメディアの「共催展」というのは、貸し画廊や公募団体展と並ぶ日本美術界のガラパゴス現象のひとつだが、もともと日本の美術館はコレクションが貧相で予算も少なく非力だったため、海外にネットワークを持ち、資金も情報も豊富で、宣伝力に長けた新聞社に展覧会企画を頼らざるをえなかったという事情がある。新聞社にとっては利益もさることながら、芸術文化に貢献することで自社のイメージアップを図れるメリットがあった。いいことずくめのようだが、マスメディアの本義である報道の面からいうと、自社の主催する展覧会は大きく取り上げるのに(この場合、報道と広告との境界が曖昧になりがち)、他社の展覧会は無視するか、終了まぎわに紹介するといったことがまかり通り、公平性を欠く恐れがある。これは以前から指摘されていたことだが、ほとんど問題にされることはなかった。
前説が長くなったが、まあそんな話をしようってことだ。登壇者は、日経新聞社文化事業局兼経営企画室シニアプロデューサーの井上昌之さん、読売新聞東京本社編集局文化部長の前田恭二さん、三菱一号館美術館館長の高橋明也さん、兵庫県立美術館館長の蓑豊さん、国立新美術館副館長の南雄介さん、という「長」のつくリッパな肩書きの人たちに囲まれて、ぼくは肩身が狭い。司会は国立新美術館の青木保館長。前半はそれぞれの立場から20─30分ずつレクチャーして、最後に全員で討論となるのだが、6人が話をするだけで3時間以上を費やし、話すほうも聞くほうも疲れるわ。前半は新聞社の方も美術館の方も、だいたい自分とこでやった共催展について話されたが、前田氏の「何とかしてクレー展」はタイトルだけでなく内容もおもしろかった。1961年に読売新聞社が池袋西武と共催した「クレー展」が実現するまでの綱渡り的な内情を暴露したもの。西武百貨店の堤清二、美術評論家の瀧口修造、神奈川県立近代美術館の土方定一といった戦後美術を担う伝説の人物たちが暗躍したこと、しかし日本には向こうとのやりとりを裏づける記録がなく、スイスのパウル・クレー財団にアーカイブされていたことなど、興味深い話だった。
手前味噌だが、ぼくは東京都美術館の開館(1926)からバブルの時代まで、つまり昭和期における新聞社と展覧会との蜜月ぶりをたどってみた。これは調べてみるとおもしろく、蜜月時代にもふたつほどピークがあって、第1のピークは、都美館で戦争美術展が次々と開かれた昭和10年代後半の戦中期、第2のピークは「ミロのヴィーナス」や「ツタンカーメン展」など、入場者が100万人を超す展覧会が目白押しだった昭和30年代後半の高度成長期だ。ちなみにどちらも主催は朝日新聞社の独占状態。しかし80年代からテレビ局が参入して宣伝方法も変わり、展覧会の内容も変質していく……というような話をした。結局、最後の討論は1時間ほどしかなく、報道と共催展の兼ね合いをどうするかとか、人気画家や人気美術館の展覧会に頼ってばかりでいいのかといった問題に対して、どこまで議論を深めることができたか心もとない。それにしても、最初から最後まで聞いてくれた人っているのかな。
2017/01/21(土)(村田真)