artscapeレビュー

ヒューマンライツ&リブ博物館─アートスケープ資料が語るハストリーズ

2019年07月15日号

会期:2019/06/14~2019/07/12

京都精華大学ギャラリーフロール[京都府]

1990年代初頭、「ダムタイプ」のメンバーやギャラリスト、演劇プロデューサーらが京都で設立したシェアオフィス「アートスケープ」。92年に古橋悌二がHIV感染を告白したことを機に、美術家や活動家、学生らがアートを通してエイズやセクシュアリティ、ジェンダー、人権について訴える社会運動の拠点となった。その関連資料を中心とした「架空の博物館」の構想が、本展タイトルの「ヒューマンライツ&リブ博物館」である。男性中心主義的な視点で語られてきた「歴史(His=彼の story=物語)」に対し、女性の視点から捉え直すべきだとする造語「Herstory」を拡張的に捉え、「既存の性を越境しようとする人々の物語」として読み直している。


「#そして私は誰かと踊る」(アートスケープ資料編纂プロジェクト)というコレクティブが、ビデオ、スライド、紙資料のデジタル化、インタビューを行ない、アーカイブ化と展示公開を進めてきた。古橋悌二の映像インスタレーション《LOVERS―永遠の恋人たち》(1994)の修復を2016年に京都市立芸術大学芸術資源研究センターが企画したことを発端に、エイズ危機を含む当時の文脈を明らかにする必要性から、同センター研究員の石谷治寛が、資料を保管していたブブ・ド・ラ・マドレーヌ(ダムタイプ《S/N》パフォーマー)に相談し、資料のアーカイブ化を行なった。2018年には、森美術館にて椿玲子との共同企画で「MAMリサーチ006:クロニクル京都1990s─ダイアモンズ・アー・フォーエバー、アートスケープ、そして私は誰かと踊る」展を開催。「そして私は誰かと踊る(And I Dance with Somebody)」は、AIDSの頭文字をクラブカルチャーと接続させて肯定的に読み替えた言葉遊びであり、94年に横浜で開催された「第10回国際エイズ会議」のキャッチフレーズとして使用された。




[撮影:石谷治寛 写真提供:京都精華大学ギャラリーフロール]


資料展示の軸として視覚的にも見応えがあるのは、アートスケープを拠点として展開された、「エイズ・ポスター・プロジェクト(APP)」と「ウィメンズ・ダイアリー・プロジェクト」である。APPでは、エイズを身近な問題と感じたダムタイプのメンバーや友人らが、HIV感染者への差別や偏見に抗議し、エイズについての啓発活動を行なった。国際エイズ会議への参加に加え、日本の行政が制作した既存の啓発ポスターを疑問視し、望ましいポスターを自分たちでつくるため、海外のポスターを収集した。APPが問題視した当時の日本の啓発ポスターには、「愛する人を守るために」といった漠然とした標語、骸骨化した赤ん坊のイラストに添えられた「未来に絶望を残さない」という文言、海外で買春するサラリーマンへの揶揄など、ポスター自体が差別を再生産する構造や「エイズ=外国人やセックスワーカーなど『見えない人々』の問題」とする排除の構造が透けて見える。一方、APPの制作物には、支援団体の連絡先やセーフ・セックスの方法など当事者が必要な情報を掲載。収集した国内外のポスターが壁を覆い尽くすように展示された。



[撮影:石谷治寛 写真提供:京都精華大学ギャラリーフロール]


また、「ウィメンズ・ダイアリー・プロジェクト」では、女性のためのスケジュール手帳を、96年版から2010年版まで制作した。「ジェンダー」「セクシュアリティ」「エイズ」「家族」「働き方」「老い」などのトピックについて、10~20名の編集メンバーの率直な「声」がイラスト付きで日毎に掲載されている。コンテンツの構成は、アートスケープでのワークショップで検討された。フェミニズムの視点が強く打ち出され、「女性は性について語るべきではない」という内面化された規範に対するアンチが浮かび上がる。

また、当時のクラブシーンやゲイカルチャーの象徴的存在として、ドラァグクイーンに関する資料も展示された。「女装」「ニューハーフ」ではなく、女性性を誇張的にパロディー化し、「性別」という概念の越境者としてのドラァグクイーンを配置した。

展示全体を貫くのは、女性や性的マイノリティに対して、(性)差別を再生産する支配構造に対する強いアンチの姿勢だ。他人に領有されないという意味では最もプライベートである一方、他者との関係において形成されるという意味では限りなく社会的なものとしてある「性」。それを管理しようとする力は、ヘテロセクシャルの男性中心の支配体制の温存と強化、そして「マイノリティ」の抑圧や排除、不可視化に他ならない。本展は、「90年代京都のアートシーンの歴史化」という意義を超えて、世界的な「#Me Too」の潮流や性的マイノリティの権利運動などと呼応し、極めて同時代的な意義をもつ。また、過去の人権運動で用いられたプラカードやバナーを再現したものや、現在の日本でのLGBTQパレード、セックスワーカーの人権活動、大阪入国管理局の人権侵害の抗議活動で用いられたプラカードや横断幕を展示したコーナーは、香港でのデモとタイムリーに呼応する。本展全体を通して、女性の人権擁護、性的マイノリティの権利運動、抑圧的な政治権力への抵抗など「現在」の同時多発的な状況と、「90年代の京都」が結びつく場が立ち上がっていた。

関連記事

メディアから考えるアートの残し方 後編 歴史の描き方から考える──展示、再演、再制作|畠中実/金子智太郎/石谷治寛:トピックス(2019年04月01日号)

2019/06/22(土)(高嶋慈)

artscapeレビュー /relation/e_00049072.json l 10155655

2019年07月15日号の
artscapeレビュー