artscapeレビュー

山崎弘義『CROSSROAD』

2019年11月01日号

発行所:蒼穹舎

発行日:2019年10月10日

山崎弘義は1956年、埼玉県生まれ。1980年に慶應義塾大学文学部卒業後、公務員として働いていたが、写真に強い興味を抱くようになり、1985〜87年に東京写真専門学校(現・東京ビジュアルアーツ)写真学科の夜間部で学んだ。山崎が路上スナップを撮影し始めたきっかけは、20代後半の頃、新宿駅周辺で「至近距離で人ににじり寄り、いきなりカメラを向け、言葉を交わすこともなく立ち去っていく」男の撮影ぶりに衝撃を受けたからだという。彼が山内道雄という写真家で、東京写真専門学校夜間部の森山大道ゼミで学んだことを知り、山崎も同校に入学する。森山ゼミは既になかったが、猪瀬光や楢橋朝子も属していた写真ワークショップ「フォトセッション‘86」に参加し、森山の指導を受けることができた。

このような経歴を見ると、山崎がまさに「カメラ一台で何の細工もなしに、その現場に居あわせ」て撮るという、路上スナップの正統的な撮影スタイルを真摯に追求し続けてきたことがわかる。その姿勢は、写真集『CROSSROAD』におさめられた1990〜96年撮影の写真群でも貫かれており、衒いなく、ストレートに路上の人物、光景にカメラを向けている。唯一、「細工」といえるのは、彼がパノラマフィルムパックを使用した6×6判のカメラで撮影していることだろう。極端な横長、あるいは縦長の画面になることで、中心となる被写体(主に人物)の周辺がかなりランダムに写り込んでくることになる。そのことによって、路上でどのような現象が生じているかが、より複雑な位相で画面に定着される。それとともに興味深いのは、1990年代前半の都市の風俗、空気感が、異様なほどにリアルに捉えられていることだ。撮影から20年以上過ぎているわけだが、路上スナップの生々しさがまったく薄れていないことに驚かされた。

山崎には、老いていく母親と自宅の庭とを撮影し続けた『DIARY 母と庭の肖像』(大隅書店、2015)という素晴らしい作品があるが、『CROSSROAD』は彼の写真世界の別な一面を開示する力作といえる。

2019/10/23(水)(飯沢耕太郎)

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