artscapeレビュー

倉谷卓「アリス、眠っているのか?」

2019年11月01日号

会期:2019/10/06~2019/10/30

Hasu no hana[東京都]

ギャラリーHasu no hanaは、昨年大田区鵜の木から品川区戸越に移転した。そのとき、家の中には以前の住人が残していた生活用品が溢れていて、ギャラリーに改装するために処分する必要があった。倉谷卓はその作業を手伝っているうちに、そこで飼われていた「アリス」という名前の猫の写真に目を留める。その白黒斑の猫の写真をきっかけにして、倉谷は印画が貼られたままネットオークションに出回っている家族アルバムを購入し始める。今回の個展では、そうやって蒐集したアルバムからかたちをとっていった作品を展示していた。

倉谷のように、いわゆる「ファウンドフォト」を素材にしてアート作品を制作しようと考える者はかなり多い。だが多くの場合、その作業は思いつきの場当たり的なものに終わりがちだ。だが倉谷は周到に準備を重ね、的確なプロセスを導き出して作品化している。今回の展示のメインとなる「Photographic Grave」は、壁一面に張り巡らされた、戦前から戦後にかけてのアルバムの台紙の群れである。そこに貼られていた写真はほとんど剥がされて、コーナーシールや糊の痕が見えるだけだが、「アリス」のようなペットの動物が写っている写真は残されている。むしろ写真が不在のほうが、想像力を強く喚起するのが興味深い。ほかに、アルバムから写真を剥がす様子を記録した映像作品「時代考証/レトロ/女学生」、「アリス」に関わりのある家具、絵画、写真などによるインスタレーション「ザ・スイート・メモリー」、表紙を反転させて裏表紙と貼り合わせたコラージュ作品「tu fui ego eris」などが展示されていた。写真の内容よりも、それがどんなふうに記憶を内蔵したメディアとして保存されてきたのかという形式にこだわったユニークな発想の作品群である。このシリーズは、これで終わりではなく、まだ発展していくのではないだろうか。

2019/10/23(水)(飯沢耕太郎)

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