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奈良原一高のスペイン──約束の旅

2020年02月01日号

会期:2019/11/23~2020/01/26

世田谷美術館[東京都]

奈良原一高は1962〜65年にヨーロッパに滞在し、そのあいだに3回にわたってスペインを訪れた。スペイン全土を車で回り、通算5カ月間滞在し、闘牛場に200回以上も通い詰めたという。フランスやイタリアなどで撮影した写真は写真集『ヨーロッパ・静止した時間』(鹿島研究所出版会、1967)にまとまり、第18回芸術選奨文部大臣賞、第9回毎日芸術賞を受賞するなど高い評価を受ける。だが、あれほど集中して撮影したスペインの写真をまとめた『スペイン 偉大なる午後』(求龍堂、1969)のほうはそれほどの反響はなく、その後の回顧展などに出品される機会も少なかった。だが、世田谷美術館で開催された「奈良原一高のスペイン──約束の旅」展を見て、このシリーズが1960年代の奈良原の代表作にふさわしい名作であることにあらためて気づかされた。

会場には『ヨーロッパ・静止した時間』から選ばれた「遠い都市」(15点)をプロローグとして、スペインで撮影された未発表作を含む120点が「フィエスタ」、「バヤ・コン・ディオス」、「偉大なる午後」の3部構成で展示されていた。特にパンプローナの牛追い祭りを中心とした「フィエスタ」の章と、闘牛を取り巻く場面を撮影した「偉大なる午後」のパートに特徴的なのだが、広角レンズを駆使した奈良原のカメラワークは、いつも以上にのびやかで、思わず踊り出しそうな躍動的な気分に溢れている。歴史の厚みに押しつぶされ、死の匂いの色濃いヨーロッパのほかの地域と比較して、荒々しい野性的な生命力に満たされたスペインの風土で、彼は大きな解放感を味わっていたのではないだろうか。奈良原がスペインを訪れた理由のひとつは、早稲田大学大学院でスペイン美術史を専攻していたことによる。だが実際にスペインを旅しながら、イメージと現実の落差に驚きと当惑を感じたことが想像できる。それでも、その違和感を逆手にとって、奈良原はスペインに全身全霊で没入していった。訪れた町や村で出会った人々のポートレートを中心とした「バヤ・コン・ディオス」のパートには、その出会いの歓びが刻みつけられている。

今回の展覧会で重要なのは、2019年8月に亡くなった勝井三雄が装丁・デザインした『スペイン 偉大なる午後』の製作のプロセスが丁寧に辿られていることである。ほぼ同世代の写真家とデザイナーとの出会いは、観音開きやコラージュ的な構成など、さまざまな意匠を凝らした華麗なブックデザインの写真集としてかたちをとった。奈良原が刊行してきた数々の写真集を、デザイナーとのコラボレーションの成果として捉え直すことも必要になってくるだろう。(追記:病気療養中だった奈良原一高は2020年1月19日に逝去した。)

2019/11/28(木)(飯沢耕太郎)

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